ベル‐しんでん【ベル神殿】
ベル神殿
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/17 14:41 UTC 版)
ベル神殿(ベルしんでん、アラビア語: معبد بل、英語: Temple of Bel)は、シリアのパルミラに位置する古代の石造遺跡である。神殿は、パルミラにおいて崇拝されたセム人の神ベル(ベール[1]、バアル、バール)に捧げられ、パルミラの月神アグリボールと太陽神ヤルヒボールとともに三位神として、パルミラの信仰生活の中心に造られ、西暦紀元32年に奉献された[2][3]。その遺跡はパルミラで最もよく保存されたものといわれていた[4]。2015年8月末、国連訓練調査研究所 (UNITAR) が衛星画像を解析した結果、イスラム過激派組織 ISIL によって破壊されたと発表した[5][6]。
- ^ 『パルミラの遺跡』 (1988)、49-56頁
- ^ a b c d e Gates, 2003, pp. 390-391.
- ^ a b c d Kaizer, p. 67.
- ^ Cremin, p. 187.
- ^ “UNOSAT Confirms Destruction of Palmyra Temples in Syria ” (2015年9月1日). 2016年11月17日閲覧。
- ^ “国連機関 シリアのベル神殿の破壊を確認”. NHK NEWS web (archive.is). (2015年9月1日). オリジナルの2015年9月1日時点におけるアーカイブ。 2016年11月17日閲覧。
- ^ a b c 『パルミラの遺跡』 (1988)、49頁
- ^ Browning, Iain (1979). Palmyra. Noyes Press. p. 168. ISBN 9780815550549. "Like the Temple of Bel, the Baal Shamin was converted into a church during the Byzantine period."
- ^ Yan, Holly (2015年9月1日). “How ISIS' demolition of a Syrian temple impacts the world”. CNN 2016年11月19日閲覧。
- ^ 『パルミラの遺跡』 (1988)、50頁
- ^ 『パルミラの遺跡』 (1988)、49-50頁
- ^ 『パルミラの遺跡』 (1988)、52頁
- ^ 『パルミラの遺跡』 (1988)、54頁
- ^ a b “Temple of Bel”. Syrian Embassy in the United States. 2009年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月23日閲覧。
- ^ 『パルミラの遺跡』 (1988)、52、54頁
- ^ Westall, Sylvia (2015年8月30日). “Islamic State destroys part of Syria's Temple of Bel – monitors”. Reuters UK 2016年11月19日閲覧。
- ^ “Syria's Palmyra Temple of Bel 'severely damaged' by IS”. BBC News. (2015年8月31日) 2016年11月19日閲覧。
- ^ “IS Partially Destroys Temple Of Bel – Reports”. Sky News (2015年8月30日). 2016年11月19日閲覧。
- ^ “Activists: ISIL damages ancient temple in Syria's Palmyra”. USA Today. Associated Press. (2015年8月30日) 2016年11月19日閲覧。
- ^ “Palmyra's Temple of Bel destroyed, says UN”. BBC News. (2015年9月1日) 2016年11月19日閲覧。
- ^ “Satellite images show Palmyra temple destruction”. BBC News (2015年9月1日). 2016年11月19日閲覧。
- ^ Barnard, Anne; Saad, Hwaida (2015年8月31日). “Palmyra Temple Was Destroyed by ISIS, U.N. Confirms”. The New York Times. ISSN 0362-4331 2016年11月19日閲覧。
- ^ Gayle, Damien (2015年12月28日). “Palmyra arch that survived Isis to be replicated in London and New York”. The Guardian. オリジナルの2016年1月9日時点におけるアーカイブ。
- ^ “無残な世界遺産の姿…粉々の神殿、彫刻の顔は破壊された”. 朝日新聞DIGITAL (朝日新聞社). (2019年1月30日) 2019年1月31日閲覧。
ベル神殿
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詳細は「ベル神殿」を参照 パルミラ遺跡で目にする最大かつ最古の建築物は、東端に位置する紀元32年4月6日に建立された神殿であり、4月6日は毎年燔祭(はんさい)が行なわれるパルミラの吉日であった。しかし、最古の碑文による紀元前44年当時、すでに旧ベル神殿があったことが認められ、そこにベル神殿が再建されたものといわれる。西アジアで最も保存状態の良い神殿であったこのベル神殿は、1929-1932年にフランス調査隊によって発掘調査された。境内は東西210メートル、南北205メートルにおよぶ周壁に囲まれ、中央(やや東寄り)にある本殿は、東西30メートル、南北55メートルの長方形であり柱廊に囲まれる。ベル三位神(ベル、ヤルヒボール、アグリボール)を祀るために中央部の本殿が紀元32年に建立され、境内が70年代に拡張された後、神殿は柱廊(ポルチコ)や正門(プロピュライア)の装飾も入れると2世紀末まで拡充された。
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