バシュチャルシヤ
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バシュチャルシヤ[1](ボスニア語・セルビア語・クロアチア語:Baščaršija/Башчаршија、トルコ語:Başçarşı バシュチャルシュ)はボスニア・ヘルツェゴビナの首都であるサラエヴォの、スタリ・グラード地区(旧市街)に位置する、サラエヴォのメイン・ストリートである。オスマン帝国統治下の16世紀にオスマン=トルコ様式に、アラブのスークをモデルに設計された商業地区であった[2]。金属加工品や陶器、宝飾品などが売り買いされていた。バシュチャルシヤには、1551年にルステン・パシャ(Rustem pasha)によって建てられたドーム状の屋根がついたブルサ・バザール(Brusa bezistan)もある。ここでは、トルコのブルサから持ち込まれた絹製品が売られていた[2]。
- ^ バシュチャルシア、バルチャルシァ、バシチャルシア等の表記も見られる。
- ^ a b c Sarajevo City Official Website. “Sarajevo Official Web Site : Touristic attractions” (英語). Sarajevo City Government. 2009年1月22日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年11月11日閲覧。
- ^ http://www.visitsarajevo.ba/sightseeing/attractions/historical-sarajevo/bascarsija/
- ^ http://kudsevdah-ljubljana.com/index.php?option=com_content&view=article&id=95:historija-sarajevske-baarije&catid=49:zanimivosti&Itemid=67
- 1 バシュチャルシヤとは
- 2 バシュチャルシヤの概要
- 3 脚注
バシュチャルシヤ
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バシュチャルシヤの様子。左に写っているのはセビリ バシュチャルシヤの町並み。中央はブルサ・バザール バシュチャルシヤにあるレストラン サラエヴォの名物料理の一つであるチェヴァプチチ バシュチャルシヤは、サラエヴォの旧市街のメイン・ストリートで、16世紀にアラブのスークをモデルに建造された商業地区であった。バシュチャルシヤでは金属細工や陶磁器、宝石などが売買されていた。バシュチャルシヤには、1551年にルステン・パシャ(Rustem pasha)によって建てられたドーム状の屋根がついたブルサ・バザール(Brusa bezistan)もある。ここでは、トルコのブルサから持ち込まれた絹製品が売られていた。また、1891年に建てられ、サラエヴォの代表的なシンボルとなっているセビリ(Sebilj)は独特の形状をした水汲み場で、バシュチャルシヤの中央に位置している。その名前は、アラビア語で「道」を意味する「Sebil」に由来している。
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