チステルナ公爵家との婚姻
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/26 22:13 UTC 版)
「アマデオ1世 (スペイン王)」の記事における「チステルナ公爵家との婚姻」の解説
チステルナ公爵家は自由主義的で貴族的な家風を持たなかったが、同時に古くから続く名門貴族の家柄でもあった。そのことは、アメデーオ1世に始まるサヴォイア=アオスタ家がサヴォイア王家の分流としてだけではなく、モナコ公国のグリマルディ家とも連なる家系であることが示している。また、チステルナ公爵家は男子がいなかったため、私有領地(アパナージュ)などの財産は全てアメデーオが継承することになり、これもサヴォイア=アオスタ家がサヴォイア家の諸分家の中で抜きんでた存在となる結果をもたらした。 チステルナ個人も控えめで誠実な性格で公爵夫人として夫に従っていたが、それでもサヴォイア家内では明らかにチステルナは冷遇されていた。アメデーオが別の妾を抱えているという噂が流れた時、妻として心と名誉を傷つけられたチステルナは義父ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に抗議の手紙を送ったが、王は「汝には王族の夫に指図する権利はない」と冷淡な返事を書き送っている。 このような不幸な妻の扱いからか、両者の結婚式は多くの不幸に見舞われたとする逸話がしばしば残された。 両人の付き添い人が式典の前に拳銃自殺した。 式典の開かれた宮殿門番が突然自分の喉をかき切った。 花婿の父である国王の友人がパレードで落馬して死んだ。 衣装係が首を吊って自殺した。 式典の護衛役を務めていた将軍が急病で倒れた。 どうにか式典を終えた後、新婚旅行に向かう列車で駅長が轢死した。
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