くずはローズタウン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/01 13:58 UTC 版)
戦後しばらくは枚方中心部から北へ外れた寒村地域であり、京阪沿線としても開発の遅れた地域であったが、1960年(昭和35年)京阪電鉄が沿線の住宅地開発の一環として京都府八幡町の橋本地区東側の丘陵地帯に住宅団地を誘致することとなり、日本住宅公団に住宅団地(男山団地)の誘致を申し入れたのがきっかけとなった。住宅公団はバス路線の乗り入れを誘致の条件としたため、アクセス道路の整備費を捻出するために男山団地周辺に独自に住宅開発を行うこととなり、それが枚方市内約110万m2、八幡市内約26万m2、合計約136万m2のニュータウン「くずはローズタウン」開発の発端となった。 当初は枚方市はこの地域での住宅開発に対しては、もともと農地としても水はけの良くない条件の悪い場所であったため、開発後の公共施設の維持管理の面から積極的ではなかった。この地域における排水問題は京阪電鉄レベルでは解決できないため日本都市計画学会に開発基本計画の策定を委託し、それに基づいて枚方市と八幡町が都市計画を決定した。京阪電鉄はその計画に基づいて街の整備を行った。 1961年(昭和36年)から用地買収が開始され、用地の買収は概ねスムーズに済んだ。1967年(昭和42年)に造成工事が開始され、1968年(昭和43年)に第1次分譲が開始された。樟葉駅は当時の駅から約300m大阪方面へ移設し、新駅とバスターミナル、駅前商業施設『くずはモール街』の整備を行い、1971年(昭和46年)に駅の移設改良が竣工した。
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