おおうちよしながとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 学問 > 日本史辞典 > おおうちよしながの意味・解説 

大内義長 (おおうちよしなが)

大内おおうち]氏最後当主です。大内義隆おおうちよしたか]の死後陶晴賢すえはるかた]によって、大友宗麟おおともそうりん]の弟であり、義隆のおいにあたる晴英[はるひで]が大内家むかえられ、義長と名乗りました。しかし、毛利[もうり]氏に攻めこまれ、下関市長府長福寺ちょうふくじ]で自害しました。


大内義長(おおうち よしなが) ????~1557

○塩乙丸 八郎 大友晴英 ジュアン 周防介 左京大夫
◇父:大友義鑑 母:大内義興女 子大内介
 豊後大友氏一族周防大内義隆猶子となるが、義隆に嫡子義尊生まれると疎んじられた。義隆が重臣陶隆房討たれた後、隆房に擁立され大内氏32当主に就く。しかし、隆房が厳島にて安芸毛利氏討たれてからは、毛利氏所領次々と侵食され、力を急速に失っていった。最期山口捨て且山城に籠もるが、家臣にも裏切られ自害し果てる


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「おおうちよしなが」の関連用語

おおうちよしながのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



おおうちよしながのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
防府市教育委員会防府市教育委員会
Copyright 2024,Hofu Virtual Site Museum,Japan
戦国武将覚書戦国武将覚書
Copyright (C) 2024 戦国武将覚書 All Rights Reserved.

©2024 GRAS Group, Inc.RSS