TBSテレビ
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概要
前身である「株式会社ラジオ東京」は1951年に一般放送事業者として設立された。その後1955年4月1日、日本国内の民間放送テレビ局として日本テレビに次ぐ2番目に開局し、同時に東京で唯一のテレビ・ラジオ兼営局となった(2001年に分社化)。当時のラジオ東京はニュースネットワーク(JNN)を形成するにあたって新聞色の払拭を進めたことで、多くの地方局をJNNへ取り込むことに成功し、強力な報道体制を確立した。
一方、現「株式会社TBSテレビ」は元々東京放送の娯楽番組制作を手掛ける制作プロダクション「株式会社TBSエンタテインメント」として設立されたことから、2009年3月まで放送免許は親会社の東京放送が保有していた為、日本民間放送連盟(民放連)に加盟していなかった。
同年4月1日付で東京放送(同日に「株式会社東京放送ホールディングス」に商号変更)が事業分割され、テレビ放送免許の承継を含むテレビ放送事業と、赤坂サカス・赤坂BLITZといった各種施設の運営や催事などの文化事業を承継して、「TBS」の略称を継承した。制作プロダクションから一般放送事業者(現・民間特定地上基幹放送事業者)に転じ、民放連にも加盟した。その他、TBSラジオから同社送信所(埼玉県戸田市)の保守管理業務を受託していた。
事業所
- 本社
- 〒107-8006 東京都港区赤坂五丁目3番6号 TBS放送センター
- 関西支社
- 〒530-0001 大阪市北区梅田二丁目5番22号 ハービスOSAKA11階
- 名古屋支局
- 〒450-6312 名古屋市中村区名駅一丁目1番1号 JPタワー名古屋12階
沿革
テレビ放送参入までの歴史についてはTBSラジオ#沿革を参照
- 1955年(昭和30年)4月1日:10時30分、株式会社ラジオ東京(現:TBSホールディングス)が東京都港区赤坂一ツ木町36番地(現在の赤坂五丁目3番6号。近衛歩兵第3連隊跡地[4])で地上アナログテレビジョン放送の本放送開始(呼出符号:JOKR-TV、チャンネル6、映像出力10kW、音声出力5kW。送信所も同所。なお世間一般には、新聞のテレビ欄表記から「KRテレビ」(ケイアールテレビ、略称「KRT」)や「ラジオ東京テレビ」(ラジオとうきょうテレビ)と呼ばれていた)。
- 1958年(昭和33年)
- 5月29日:在京民放で初めて米アンペックス社製の2インチVTRが2台導入される(当時の金額で1台25,000,000円だった)。
- 6月8日:同局初のVTRを使った番組『ナショナル日曜観劇会』『デン助の裏町人情』が放送される[注 3]。これを契機に、同局のVTRを使った番組が増加する[注 4]。
- 10月31日:同局初のVTRを使ったテレビドラマ『私は貝になりたい』(橋本忍脚本、加藤哲太郎題名・遺書、岡本愛彦演出。VTRは前半で使用し、後半は生放送)を放送。大反響を呼び、この年の芸術祭大賞を受賞した(番組は全編ビデオテープにて現在も保存されており、同局に残された最古の番組アーカイブとされている)。
- 1959年(昭和34年)8月1日:皇太子殿下御成婚パレード中継での取材協力を機に、NHKに対抗する日本初のニュースネットワークとして「ジャパン・ニュース・ネットワーク(JNN)」を結成。
- 1960年(昭和35年)
- 1月17日:テレビ送信所を赤坂から東京タワーに移転。映像出力50kW、音声出力12.5kWに増力。当時の赤坂送信所に使われていたアンテナの頂部エレメントは1995年3月2日に解体後、正門前に記念碑として設置され、赤坂サカス完成後の現在は放送センター南側の南公園に移設されている。
- 9月10日:カラーテレビ本放送を開始(カラー放送は開始当初1日平均5分のフィルムによる番組しか行っておらず、カラーVTRを同社はまだ使っていなかった。ちなみにNHK、日本テレビと共に東京地区では初だった)。
- 10月10日:ラジオ東京が東京証券取引所第1部に株式を上場。
- 11月29日:株式会社東京放送(とうきょうほうそう)と商号変更し、略称をTBSとする。この頃、「東京テレビ」「東京ラジオ」という呼称を採用したものの、定着には至らなかった。
- 1961年(昭和36年)
- 1962年(昭和37年)10月1日:史上初の“キャスターニュース”かつネットワーク制作参加ニュース『JNNニュースコープ』スタート(初代キャスターは田英夫と戸川猪佐武)。
- 1964年(昭和39年)10月10日:東京オリンピック開始に伴い、テレビ放送で、同社初の放送でのカラーVTRの稼動を始める(この開会式が、TBSが録画したもので残っている最古のカラービデオである)。
- 1967年(昭和42年)1月15日:『東芝日曜劇場・女と味噌汁』(1965年から始まった連続シリーズ)が局初のカラーテレビドラマ(カラーVTR録画・再生)として制作・放送。
- 1968年(昭和43年)9月30日:この日の夕方のテレビ『JNNニュースコープ』からテレビニュース報道のカラー放送を開始。これに伴い、カラーフィルムによるニュース取材を開始。
- 1969年(昭和44年)12月31日:『輝く!日本レコード大賞』をテレビ生中継(カラー)で放送。以後、2005年まで同局の大晦日の看板番組となり、2006年以降は12月30日の恒例番組になっている。
- 1974年(昭和49年)11月19日:近畿地方の準キー局が、これまでの朝日放送テレビから毎日放送(MBS)にネットチェンジすることで基本合意。朝日放送テレビは、これまで毎日放送がネットを組んでいた日本教育テレビ(NET。現:テレビ朝日)とネットを組み、毎日放送に代わってANNに属することになった。
- 1975年(昭和50年)3月31日:テレビのTBS-毎日放送の新ネットワークがスタート。テレビネットワークのいわゆる“腸捻転”が解消され、NETテレビ系列で放送されていた『アップダウンクイズ』や『真珠の小箱』、『皇室アルバム』、『八木治郎ショー』、『野生の王国』、『ヤングおー!おー![注 5]』、『仮面ライダーシリーズ[注 6]』、『生きものばんざい』などの毎日放送制作番組がJNNのネットワークに引き継がれた。
- 1976年(昭和51年)1月26日:テレビマスター(主調整室・NEC製)更新[5]。
- 1977年(昭和52年)
- 1978年(昭和53年)
- 1981年(昭和56年)
- 3月:横浜市緑区(現:青葉区)に緑山スタジオ・シティ完成。
- 春頃、テレビ音声多重ステレオ放送で、音声媒体としてPCMデジタルプロセス(録音から編集、再生まで全て)を採用した当時としては画期的な番組を放送する(内容は小澤征爾指揮によるストラビンスキー『春の祭典』。同じ演奏を映像と音声は別々にタイム・コード同期されて記録、編集し、再生され送出された。ただし、PCMデジタルプロセスを用いたにもかかわらず、放送自体はアナログである[要出典])。
- 1983年(昭和58年)
- 1986年(昭和61年)4月:テレビ文字多重本放送開始。
- 1987年(昭和62年)10月:テレビ24時間放送開始[注 7]。
- 1988年(昭和63年)7月:CMバンク更新[7]。
- 1989年(昭和64年/平成元年)
- 平成初期の1990年頃に日本の放送業界で初めてテレビ放送の送出媒体として、D-2方式によるソニー製デジタルVTRの稼動を開始する。(初めはCM送り出しに使用された)
- 1990年(平成2年)12月2日:創立40周年事業として、宇宙特派員・秋山豊寛を乗せた宇宙船(ソユーズ)をソ連・カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げる(「TBS宇宙プロジェクト」)。
- 1991年(平成3年)
- 1992年(平成4年)12月30日:『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ「ずっとあなたに見てほしい 年末年始は眠らない」』を放送。
- 1994年(平成6年)
- 1月:新放送センター完成を前に、VI委員会が新しいステーションコピーとロゴの採用を決定。前年に路線転換されたCIの象徴であった「ミクロコスモス」によるシンボルマークは廃止された。新たなロゴはTBSビジョンデザイン部・小河原義一によるもので、同17日に実施された。
- 10月3日:現社屋「TBS放送センター」(愛称:ビッグハット)に移転。テレビ局舎はすぐさま解体に入り、旧社屋は「赤坂メディアビル」に改称。この日は、朝5時25分から5時30分と10時30分から11時25分の2回に分けて関東向けに、21時からは全国ネットで約2時間、新社屋移転の特別番組がそれぞれ生放送された(朝5時25分からの特番では社長挨拶、10時30分からの特番では当時の報道・情報番組のキャスターが総出演し放送センター内の紹介、夜の特番では運用開始したA・Bスタジオからの生放送や、社屋移転で運用を終了したテレビ局舎・Gスタジオ内部の様子も放送された)。
- 1995年(平成7年)1月17日:この日早朝に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で、地震発生から1月19日未明までの間、CM抜きで長時間の報道特別番組を被災地の地元局である毎日放送との共同制作により放送。
- 1998年(平成10年)
- 2000年(平成12年)
- 2月:TBSグループ、JNN、TBSネットワークの共通新シンボルマークとして、漢字の“人”をモチーフにした「ジ〜ン」(一般公募)を制定[9][10]。『JNNニュースの森』(当時)や『筑紫哲也 NEWS23』など全ての『JNNニュース』番組のサブタイトルや、MBSやCBCなど系列局制作も含めた全国ネット番組のクレジットタイトルなどで表示されている[注 9]。また一部系列局でも、ローカルニュース番組のセットに使用されたことがある(後に廃止)。
- 3月21日:東京放送は、テレビの娯楽番組制作を行う「株式会社TBSエンタテインメント(現:株式会社TBSテレビ)」、テレビのスポーツ番組制作を行う「株式会社TBSスポーツ(現:株式会社TBSテレビ)」、ラジオ現業部門を行う「株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ(現:株式会社TBSラジオ)」の3つの連結子会社を設立・分社化し、事業を分割。
- 10月25日:ECサイト「TBS i-shop」をオープン[11]。
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)7月1日:CS放送局「TBSチャンネル」放送開始。
- 2003年(平成15年)
- 12月1日11時:地上デジタルテレビジョン放送(JORX-DTV、リモコンキーID6、物理チャンネル22)の本放送開始。
- 12月31日:『K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!』でのボブ・サップVS曙太郎戦時の視聴率が、裏番組『第54回NHK紅白歌合戦』(NHK総合テレビ)を4分間上回った。『NHK紅白歌合戦』開始時1分間の例外を除けば調査開始以来初めて瞬間視聴率で紅白を上回る格好となった。
- 2004年(平成16年)
- キャッチフレーズに“チャンネル・ロック”を採用。地上デジタル放送のリモコンキーIDもアナログ放送の送信チャンネルと同様6chであることを受け、固定(lock)や音楽(rock)の意味を込めた。
- 10月1日:東京放送はTBSエンタテインメントを存続会社として、TBSスポーツ、TBSライブのテレビ子会社3社を合併し、株式会社TBSテレビに商号変更。放送(送信)・経理以外のテレビジョン放送事業全般を1社に集約し、業務委託する。
- 2005年(平成17年)
- 2月7日:地上デジタルテレビジョン放送・アナログテレビジョン放送の送出を、簡易マスターから統合型マスター(NEC製アナログ・デジタル統合マスター)に移行。生番組の一部においてハイビジョン化を開始。同時に、論理チャンネル番号「063」を廃止した。
- 3月:TBS平日ワイド大改編「TBSの変」実施。
- 4月1日:開局50周年を迎える。
- 11月1日:PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス「TBS BooBo BOX」を開始。
- 2006年(平成18年)
- 2007年(平成19年)3月下旬:生番組系で使用される字幕(テロップ)・CGシステムの更新を開始。4月22日をもって完全に新システムへ移行完了。
- 2008年(平成20年)9月1日:PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス「TBS BooBo BOX」を「TBSオンデマンド」にリニューアル。
- 2009年(平成21年)
- 2月3日:3月28日までの期間限定トライアルとして「TBSオンデマンド無料見逃しサービス」と題し、地上波ゴールデン・プライムタイムで放送の『ラブシャッフル』と『ザ・イロモネア』をPC向けに広告付きで無料配信。
- 4月1日:東京放送は株式会社東京放送ホールディングスに商号変更して、認定放送持株会社に移行。同時にテレビ放送免許を含むテレビ放送事業を、株式会社TBSテレビに分割・承継。TBSテレビが一般放送事業者となり、同時に略称の「TBS」も継承した。
- 11月29日放送の『プロボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチ・内藤大助×亀田興毅』が視聴率43.1%を記録、これが年間視聴率1位となった(TBS番組の年間視聴率1位獲得は史上初)。
- 2010年(平成22年)
- 3月11日:放送衛星(BS)のセーフティーネットによる、地上デジタル放送難視聴対策のサイマル補完放送を5年間限定で開局。チャンネルはBS296。
- 6月29日:2010 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦の日本代表VSパラグアイ代表を、TBSテレビとJNN系列局、系列局のない県のテレビ局の秋田放送、福井放送、四国放送(いずれもNNS・NNN系列。福井放送はANNとのクロスネット)、サガテレビ(FNS・FNN系列)で地上波独占放送し、関東地方での平均視聴率がTBSテレビ史上最高の57.3%を記録した(これをもって2年連続でTBS番組が年間視聴率1位を獲得した)。なお、同試合中継後に放送された『JNNニュース』(26:00 - 26:15、『NEWS23X』休止による代替)は61.2%を記録した。同試合よりも高い視聴率であったが、公式にはカウントされていない。
- 7月5日:NHKと日本民間放送連盟の申し合わせにより、地上デジタルテレビジョン放送への完全移行を前提に、地上アナログテレビジョン放送においての全番組がレターボックス放送(画角サイズ16:9。CMは除く)に移行。
- 7月30日:ホワイトスペース特区として実験試験局の免許取得(赤坂、31ch、出力10mW)。同年8月7日より実証実験を開始[12]。
- 2011年(平成23年)
- 3月11日:この日発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で、地震発生から3月14日未明までの間、CM抜きで長時間の報道特別番組を放送。
- 6月30日:沖縄県大東諸島のデジタル放送中継局開局(同7月1日試験放送、7月23日正式開局)に伴い、アナログテレビ中継放送終了。デジタル放送移行後は本来の琉球放送の中継局が設置された。
- 7月24日:この日正午をもって地上アナログテレビジョン放送を終了(『アッコにおまかせ!』放送中に終了)、アナログ放送ではブルーバックによるお知らせ画面を流し続け、23時58分ごろ、通常のジャンクション(局名告知)を放映した後、ブラックバックにマスコットキャラクターの「BooBo」が登場して「アナログ放送は終了します」「ありがとうございました」と一礼して24時00分00秒に停波。地上デジタルテレビジョン放送に完全移行。
- 2012年(平成24年)6月4日:赤坂サカスを業務区域とするエリア放送の地上一般放送局の免許取得。
- 2013年(平成25年)5月31日午前9時:テレビ送信所を東京タワーから東京スカイツリーに移転(東京タワーの送信設備は予備送信所として存続)。
- 2014年(平成26年)
- 7月22日:アニメ専門ECサイト「アニまるっ!」が「TBS i-shop」から独立オープン[13]。
- 12月31日:TBSテレビ開局60周年記念特別番組スペシャル『CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ 2014-2015』を生中継で放送。
- 2015年(平成27年)
- 2016年(平成28年):C Channel へ出資を行うとともに、スマートフォン向けオンライン動画事業において業務提携を進める[14]。
- 2017年(平成29年)
- 2019年(平成31年/令和元年)
- 3月25日:『月曜名作劇場』が終了。これをもって、地上波の2時間ドラマ(レギュラー枠)が一時的に消滅[16]。
- 6月29日:『新幹線変形ロボ シンカリオン』終了[注 13]。これをもって、子供向けアニメおよび全年齢層を対象としたファミリー・一般向けアニメの制作から撤退。
- 2020年(令和2年)
- 2021年(令和3年)
- 4月1日:全番組の提供クレジットから黒い縁+白テロップ表記を撤廃(※一部企業を除く)し、各社提供・ネットセールス・ローカルセールスを含めてカラー表記に統一。系列局もカラー表記に統一させた。
- 2022年(令和4年)
- 4月11日:動画配信アプリ「TVer」にて、地上波ゴールデン・プライムタイムに放送されているTBSテレビ系列番組のインターネット同時配信サービス「TBS系リアルタイム配信」を開始[18]。
- 8月29日
- この日から約1週間ほど、全ての番組の終了時にTBSのロゴムービーと同年夏に導入されたTBSホールディングスのグループ各社共同で使われる「ブランドサウンド」および「From TBS」というコールが入った5秒映像が挿入された(関東地方のみ、系列局では番宣スポット等に差し替え)。
- 補足
TBSテレビジョン(東京放送)の新聞ラ・テ等番組表における表記は、ラジオ東京時代(1955年4月1日-1960年11月28日)は「KRテレビ」(←JOKR-TV)や「ラジオ東京テレビ」、東京放送に商号変更後の1960年11月29日から1961年11月30日までは「東京テレビ」(東京放送テレビ)としていたが、「TBS」に対外呼称を統一した1961年12月1日以降は「TBSテレビ」となっている。
開局当日の編成
- 10:30 - 開局式典実況(足立正ラジオ東京社長から開局メッセージ)
- 11:00 - 舞踊『二人三番叟(ふたりさんばそう)』
- 12:25 - 祝賀舞踊
- 13:00 - 映画①『ウッカリ夫人チャッカリ夫人』②シネマ案内(これで一旦放送休止)
- 19:00 - 東京テレニュース
- 19:20 - スポーツ・タイム(スポーツニュース)
- 19:30 - グランド・パレード[注 14]
- 21:00 - 座談『テレビよもやま話』
- 21:30 - 朝日テレビニュース
- 21:40 - お笑い三人衆(これで放送終了)
注釈
- ^ 各TBS制作番組宛の郵便番号はラジオ・テレビ共通で「107-8066」。
- ^ このためTBSラジオの新サイトでTBSテレビは「TBS TV」と表記されている。
- ^ 放送は13時15分からの45分間で、番組の収録は2日前に、浅草松竹演芸場のデン助劇団の21時からの公演を収録したという。
- ^ ただし、当時のビデオ・テープは米3M社製の輸入品のみで、1時間しか録画ができず、当時の日本円レートで1本約100万円(1958年当時の大卒初任給は約1万3,500円、かけそばは1杯25円、家電でも最高額が電気冷蔵庫の10万円という時代だった。なお、テレビは14インチで7万円。)もする余りにも高額な物で、さらに、著作権法の絡みで長期保存することもできず、当該録画映像の放送後は消去して使い回しというやり方だったために、同年に製作されたドラマ『私は貝になりたい』以前のビデオ・テープは同局では残されていないという。
- ^ 関東地区では当初はNETテレビにネットされていたが、NETテレビの編成方針で打ち切りとなり、東京12チャンネル(現:テレビ東京)にネットが移行されネットチェンジ直前までネットされた。TBS系列の中国放送(RCC)とRKB毎日放送(RKB)は腸捻転時代から既に番組販売扱いでネットされていた。
- ^ TBS系移行時は『仮面ライダーストロンガー』から。『平成・令和仮面ライダーシリーズ』は毎日放送のかつてのキー局であるテレビ朝日が制作・放送。
- ^ 民放ではフジテレビジョンと同時で初。ただしフジは未明の30分-1時間程度、メンテナンスのために放送を中断し、カラーバー(試験電波)を放送していたため完全な24時間放送ではなかった。TBSはこのようなカラーバーなどの中断を挟まず完全に24時間番組を配信していた(メンテナンス日は除く)。
- ^ 2000年代になってから同局番組『ドリーム・プレス社』は番組ロゴの一部として筆記体マークを使用していた。
- ^ 製作著作クレジットでは、従来の「TBS」のローマン体ロゴの後にシンボルマークの「ジ〜ン」を付けている事も多かった。又、『JNNニュース』番組での表示は一部を除き無し。なお後にTBS制作の一部の全国ネット番組のクレジットタイプで表示されなくなった。
- ^ 現ロゴ制定初期のデザインに近いが当時はアナログ放送のみであったため放送局アイコンはなかった。
- ^ なお、BS-TBSとCS放送のTBSチャンネル・TBSニュースバードではすでに開局当初から一部のモノラル二重音声番組を除き編成上全ての番組でステレオ放送(一部はモノステレオ放送)を実施している。
- ^ 開局以来、日本電気(NEC)製のマスターシステムを採用してきたが、初のメーカー変更となった。
- ^ アニメ自体は2021年4月から2022年3月まで放送局をテレビ東京に移管して第2シリーズを放送。
- ^ ラジオでも、同日21:10~21:35に同名の番組を放送した。
- ^ 2位はフジテレビの12年連続(1982年 - 1993年)である。
- ^ 1984年度、1987年度の下期視聴率は、ゴールデンはTBSがトップだった。
- ^ TBSテレビの2131億72百万円に対しテレビ朝日は2176億62百万円となり、TBSは開局以来初めて単体売上高でテレビ朝日(日本教育テレビ・NETテレビ時代も含む)に抜かれた。
- ^ 現在の上場会社はフジ・メディア・ホールディングス。
- ^ 2009年3月31日までは東京放送、2009年4月1日から2020年9月30日は東京放送が商号変更した東京放送ホールディングス、2020年10月1日以降は東京放送ホールディングスが商号変更したTBSホールディングスが上場会社である。
- ^ 現在の上場会社は日本テレビホールディングス。
- ^ 毎日放送(MBSテレビ)制作。
- ^ 『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』の1コーナー。
- ^ 日本国外では『ニンジャ・ウォリアー』のタイトルで放映。
- ^ かつて放送されていた『うたばん』ではこれを逆手に取り、トークやゲストの歌唱中に照明が落ちる演出が使われていた。
- ^ 東京放送は月給制で年功序列給であり、TBSテレビは年俸制で成果主義給だった。
- ^ HBC・TBS・CBC・MBS・RKBの5局。1975年3月まではMBSの代わりにABCが参画していた。
- ^ TBSテレビで第1期を、BS-TBSで第2期を放送。
- ^ JNN系列局としてはチューリップテレビや大分放送と同じ物理チャンネルであり、系列外でリモコンキーIDを6に採用した局でも名古屋テレビ放送と同じ物理チャンネルである。
- ^ 同系列で岩手県のIBC岩手放送、石川県の北陸放送もアナログからチャンネル番号を継承しデジタルも「6」が使われる。
- ^ 朝日放送テレビは「腸捻転」が原因で1975年3月までTBS系列だった。
- ^ a b c アナアナ変換前は23ch
- ^ a b アナアナ変換前は55ch
- ^ アナアナ変換前は24ch
- ^ 本来は、琉球放送の放送エリア。
- ^ 本来は、テレビ山梨の放送エリア。
- ^ 本来は、信越放送の放送エリア。
- ^ a b 本来は、静岡放送の放送エリア。
- ^ 当時系列局だった福島テレビ(現:フジテレビ系列)でも1982年3月まで使用(「FTVはもうひとつの家族です」の表記)
- ^ 東北放送でも使用(「TBS」部分を「TBC」に変更)。
- ^ 東北放送でも使用(「6チャンネル」部分を「TBC」に変更)。
- ^ テレビユー福島でも使用(「TBS」部分を「TUF」に変更)。
- ^ テレビユー山形でも使用(「TBS」部分を「TUY」に変更)。
- ^ 中部日本放送でも使用(「TBS」部分を「CBC」に変更)。
- ^ イメージキャラクターは326が担当した。青森テレビでも使用(「TBS」部分を「ATV」に変更)。
- ^ “チャンネル・ロック!!”は「6チャンネル」と「チャンネルはそのまま」をかけており、番組の最後に流れる「クロスプログラム」(次の番組の告知)でも右上に「チャンネル・ロック」と表示された。2005年以降は、デジタル放送のリモコンIDがTBSと同じ「6」となる系列地方局でも、当該地域向けにTBSが用意する宣伝映像の中で、密かに「チャンネル・ロック」のフレーズが出てくることがある(愛媛県のあいテレビなど)。
- ^ 「テレビが無くてもTBSはある」の意。 稀に全国向けにフレーズを差し替えた“No TV? but JNN”が登場することもある。また、同じキャンペーンCMでJNNロゴと各地方局のロゴを並べたものに差し替えた地方局用のバージョンも存在する。一部番組の制作クレジット表記では「TBS(ジ〜ン)」の代わりにこのキャッチコピーを使用している。
- ^ 赤坂の情報カメラは「本社屋上である」との誤解が多いようであるが、正しくは隣接し本社放送センターよりも高層である赤坂パークビルヂング屋上(ここにTBSテレビとラジオの予備送信設備も設置)に設置されている。故にTBSの各番組では「TBS屋上」という表現はなされずに、「赤坂のお天気カメラ(情報カメラ)」と表現される。なお、1972年から放送センター完成まではテレビ局舎鉄塔の地上50m部分に設置されていた。それ以前は本館の屋上(1971年4月から1972年は別の場所)にもスタジオ用カメラを設置していた。
- ^ サカス広場のカメラは移動可能の半固定式である。サカス広場でのイベントに応じて設置位置を適宜移動している。
- ^ 亀田の深刻な反則行為についてテレビでは「亀田、若さが出てしまいました」であったのに対し、ラジオの実況は「亀田、最低の試合!」と非難していた。
- ^ 打ち切りまでKONAMIが大口メインスポンサーだった関係でゲーム版に留まらず、同社のみでメディアミックスが行われていた。この一環のため、ニューギンから販売されたパチンコ版の演出も系列のKPEが担当していた。
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m 会社概要 - TBSテレビ
- ^ 役員一覧 - TBSテレビ
- ^ a b c d e f g 第23期決算公告、2022年(令和4年)6月22日付「官報」(号外第134号)138頁。
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- ^ 『TBS50年史』2002年1月、396頁。
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- ^ TBSグループ、企業理念及びブランドプロミスを制定 ブランドロゴを刷新 東京放送ホールディングス 2020年1月6日
- ^ “TBS、今春スタートする地上波番組の同時配信は「GP帯の番組を中心に」番組数は最終調整中”. 日刊スポーツ (2022年3月2日). 2022年3月2日閲覧。
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