西中島村 (愛媛県)とは? わかりやすく解説

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西中島村 (愛媛県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/16 13:19 UTC 版)

にしなかじまむら
西中島村
廃止日 1963年3月31日
廃止理由 編入合併
西中島村、中島町 →中島町
現在の自治体 松山市
廃止時点のデータ
日本
地方 四国地方
都道府県 愛媛県
当初風早郡後に温泉郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 3,909
(1955年)
隣接自治体 中島町
西中島村役場
所在地 愛媛県温泉郡西中島町大字饒
座標 北緯33度58分14秒 東経132度35分37秒 / 北緯33.97061度 東経132.59367度 / 33.97061; 132.59367 (西中島村)座標: 北緯33度58分14秒 東経132度35分37秒 / 北緯33.97061度 東経132.59367度 / 33.97061; 132.59367 (西中島村)
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西中島村(にしなかじまむら)は愛媛県風早郡のち温泉郡にあった村である。

1963年(昭和38年)3月31日に東隣の中島町に編入して自治体としては歴史を閉じた。中島町は2005年(平成17年)1月1日北条市とともに松山市へ編入されたため、現在は松山市域に属する。

今日、西中島の名は、饒(にょう)にあるフェリー・旅客船が発着する「西中港」として残っている。

下記以外の事項については、中島の記事を参照。

地理

忽那諸島の中央、中島本島[注釈 1]の概ね西半分。中島本島の中央部の大里山(296m)、泰ノ山(289m)やそれらに連なる山々を境に東中島村(後に中島町)と接する[注釈 2]。北沖合の大館場島、小館場島(いずれも無人島)も村域に含む。

村名の由来
中島の西部であることから。

社会

地域・集落

以下の旧6か村がそのまま大字になり、中島町に編入されてからも継承された。概ね海岸線に沿って集落は形成されており、反時計回りに次の集落(大字)がある。

粟井(あわい)、畑里(はたり)、饒(にょう)、吉木(よしき)、熊田(くまた)、宇和間(うわま)

なお、松山市への編入後は、温泉郡中島町を松山市に置き換える表記。ただし、粟井については他地域に同名の町があるため、「中島」を付して「中島粟井」とする。

行政

役場
大字饒におかれた。発足当時は神官大内家においたが、移転[1]
歴代村長

人口

  • 明治37年 655戸、3672人
  • 大正10年 683戸、4129人
  • 昭和30年 3909人

沿革

  • 1889年12月15日 - 町村制施行により旧風早郡の粟井村、畑里村、饒村、吉木村、熊田村、宇和間村の6村が合併し風早郡西中島村として発足。
  • 1897年4月1日 - 風早郡が温泉郡に編入され温泉郡西中島村となる。
  • 1963年3月31日 - 温泉郡中島町に編入され消滅。
西中島村の系譜
(町村制実施以前の村) (明治期)         (昭和の合併) (平成の合併)
            町村制施行時
元怒和━━━━┓
津和地━━━━┫
二神 ━━━━╋━━━神和村━━━━━━━━┓
上怒和━━━━┛              ┃昭和34年3月31日
大浦 ━━━━┓              ┃ 合併
小浜 ━━━━┫          あ   ┣━中島町━━┳━┳━━┓
長師 ━━━━╋━━━東中島村━━━中島町━┛     い┃ ┃  ┃
宮野 ━━━━┫                     ┃ ┃  ┃
神浦 ━━━━┛                     ┃ ┃  ┃
野忽那━━━━┓                     ┃ ┃  ┃
       ┣━━━睦野村━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃  ┃
睦月 ━━━━┛                       ┃  ┃
粟井 ━━━━┓                      う┃  ┃
畑里 ━━━━┫                       ┃  ┃
饒  ━━━━╋━━━西中島村━━━━━━━━━━━━━━━━┛  ┃
吉木 ━━━━┫                          ┃
熊田 ━━━━┫                          ┃
宇和間━━━━┛                          ┃
                        北条市━━━━━━━┫
                        松山市 ━━━━━━┻━松山市
                                       え
あ – 昭和27年8月1日町制施行
い – 昭和35年3月31日睦野村を中島町へ編入
う – 昭和38年3月31日に西中島村を中島町へ編入
え – 平成17年1月1日に中島町及び北条市を松山市へ編入
(注記)北条市・松山市の合併以前の系譜はそれぞれの市の記事を参照のこと。

脚注

注釈

  1. ^ 島としての本来の名称は「中島」であるが、忽那諸島の中では一番大きく、中島町との混同を避ける意味から、中島本島と呼ばれることも多い。
  2. ^ 昭和27年までは中島(中島本島)の東半分を占める「東中島村」が存在した。同年、東中島村は町制施行し「中島町」となり、「東中島村」という村はなくなった。

出典

  1. ^ 『角川日本地名大辞典38愛媛県』

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典38愛媛県』角川書店、1981年10月

関連項目

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