筆跡鑑定 筆跡鑑定の概要

筆跡鑑定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/23 08:58 UTC 版)

筆跡鑑定の根拠

偽造文書の場合は犯人は他人の筆跡を真似ようとし、脅迫状などでは逆に自分の筆跡を悟られまいと「筆跡の偽装」を行うことがある。筆跡鑑定は筆跡分析でも筆跡学でもなく、言語学とも異なり、本人の筆跡そのままかごまかしがあるか、次にはっきりした書き癖があるかどうかを見る[1]

筆跡の個性

字を執筆する際には、起筆から終筆まで、筆記具による書字行動が不可欠となる。このとき、執筆者による運動軌跡が残されて筆跡が生じ、書字行動による運動軌跡には、執筆者固有の書き癖すなわち筆癖(ひつへき)が残り、筆跡上の個性として現れる。この個性は文字のほか、単語、文節、文、段落、文章の全般に影響を与えるため、印象として知覚され、一般的な解釈として、見慣れた筆跡から執筆者を想像することなどが挙げられる。

筆跡の恒常性

人は、文字習得期間から、文字を教授した人物や保護者、友人などのあらゆる影響を受けながら自身の筆跡の個性を育み、個人差はあるものの成人するころより不変的な個性を持つ。同字を、いつ、どこで執筆しても、ほとんど同じ筆跡になることを筆跡の恒常性と呼ぶ。 しかし、記載時の客観的条件や心理状態によって、多少の変動は不可避的に生じるから、完全に恒常であるのではなく、その変動が一個人の筆跡として異同を比較検査した場合、許容の範囲内にあって無視し得る程度のものであることを意味している。 また、高齢化や疾病等により、それまで行われていた書字行動に変化が生じ、恒常性を保てなくなることがあるため、筆跡鑑定の根拠として恒常性を採用する際には、比較対照する筆跡の執筆時期が近いことが条件となる。

逆に筆跡の変化がおかしい場合(ストレスがかかると筆跡が乱れるのは普通だが、2つの文章のうちストレスのかかる状況で書かれた方がきれいな文だったりするなど)、本来の筆跡が不明であっても偽造を疑われる場合もある[2]

筆跡の特徴

筆跡は、点と線の集合及び組み合わせによって構成されている。筆跡の鑑定では単にそれらの点や線を形態的に観察・検討するのではなく、筆跡から見出すこの出来る個性や筆記具などの影響にも考慮し、筆跡特徴を捉え、総合的判定を行うものである。

筆順
文字を書く際の順序については、文部科学省による筆順指導の手引によって一定の順序が定められている。しかし、実際には必ずしも手引きに従って万人が同じ筆順で書いているわけではないから、筆跡鑑定の観点では、筆順指導の通りか否かといった見方より、比較対照する文字同士が同じ筆順であるか否かといった、文字ごとに固有の特徴を検査することになる。
点画の構成
個々の文字ごとの点画の位置や角度、長さ、交差する位置など、組み合わされた点画の関係性によって、個人の特徴を発見することが出来る。
文字形態
個々の文字における点画の構成や、偏と旁などの構成部位の配置、濁点や半濁点の位置、縦横書式の違い、罫線や枠の有無など、同一条件下における書字行動の際の文字概観によって、書き記した個性を発見することができる。
筆勢
書字行動の、筆の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、緩急抑揚などの筆使いを筆勢と言う。
自分が何を言いたいか分かるならすらすらかけることが多いが、考えながら書いていると筆記具が止まったり持ち上げることが多くなるので、別人のふりやでっち上げが疑われる場合もある[3]
筆圧
文字を書く筆記具で記載面に対して加えられた圧力。筆者識別の実務では主に点画の交差などを観察して筆順を導き出す検査が行われている。
筆圧に限らず、紙にはおかれてたものの痕跡が残りやすいので「執筆者の袖ボタンの跡」や「下書きの痕跡(同じ紙で書き直した場合)や、下書きに別の紙に書いた跡(重なった紙の上の方を下書きに使った場合)」があることもあり、このため言語そのものが重要な法言語学ではコピー(ファックス)の文章でも鮮明なら調査に使用できるが、文書鑑定をする場合は書字行動がなされた現物でないと筆圧などの紙の痕跡が分からないのでまともに鑑定の仕事ができないという[4]
誤字、誤用
文章中の誤字や誤用は、誤って習得したり、筆癖などによって正しくない文字を覚え込んでしまうと、執筆者独自の誤字、誤用となり、変化し難い固着したものとなることが多く、筆者識別上、有力な個人特徴ともなるが、この「誤字・誤用」を知る者が執筆者に代わり偽筆を行おうとすれば容易に真似できてしまうため、筆者識別の実務では慎重な観察が求められる。
一例に英語圏の場合、言語的なごまかしで一番多いのは「英語に慣れてない人間のふりをする(句読点を意図的に忘れるなど)」という物である。また誤字というほどではないが、英語に慣れた人間は筆記体で文章を書くことが多い[5]ので「活字体で文を書く」という偽装をする例も多い[6]
個人内変動
筆跡には執筆者における執筆時の個人差があり、これを「筆癖」や「特異性」として観察するため筆者識別が可能になるが、同一筆者が同じ文字を複数回執筆する場合において、点画の位置や長さ・角度などに変動が生じるのは当然避けられない。
個人内変動は、この「執筆時の変動の度合い」を同一筆者からの同字のサンプルを収集し、個々の執筆者の「個人内変動の範囲」を観察する必要がある。この「個人内変動の範囲」の観察作業が行われずに鑑定が行われると、一部の類似点や相違点に対して鑑定結果を求めるといった偏った鑑定になるため、精緻な鑑定書では必ず個人内変動について可能な限りの文字サンプルを集め詳細な説明がなされている。
ちなみに、個人が書字行動を行う際に、同一人が過去に執筆された文字と寸分違わぬ文字を執筆する可能性はあるが、氏名や住所など「文字列」として完成された筆跡が、まったく同じ状態で執筆される可能性はきわめて低く、この場合には「個人内変動」が無いのではなく、透かし書きなどの偽造の可能性が高いと考えられる。
筆者識別の実務においては「個人内変動の範囲」を観察する事は極めて重要な作業であるため、主観に頼らない観察作業が要求される。点画の観察はグリッド基準が設けられ、コンピュータによる角度計測や光学機材を使用した筆圧痕による筆順の検査と併せて、筆脈や意連・形連などを観察する人の目による従来の方法とのハイブリッドな検証が実施され判定が行われる。

筆跡鑑定法

目視による特徴点、指摘法(筆者の国語能力に着目するもの)

文字の点画をつぶさに点検し、特徴を指摘する方法で、いわゆる伝統的筆跡鑑定法と呼ばれるもの。鑑定人の勘と経験により、検体筆跡の中から類似や相違する部分を抽出し、その部分から鑑定結果を判断する。

目視による特徴点、分類法(筆者の特徴・用字癖に着目するもの)

個々の目立つ特徴点だけに捉われず、文章全体としての傾向や性質、特徴などを指摘する方法。伝統的筆跡鑑定法による、鑑定人の個人的経験と勘による手法を排除した発展形態。「伝統的筆跡鑑定法」が文字形態の比較検査にて判断する方法に対して、人の書字行動の個性を検査し、筆者識別を判断する方法。吉田公一氏の鑑定に代表される科学的解析法。


  1. ^ ゲンジ2003p.140-142。
  2. ^ ゲンジ2003p.148-149。
  3. ^ ゲンジ2003p.147。
  4. ^ ゲンジ2003p.150。
  5. ^ 活字体はめったに使わない=普段書いた文から照合サンプルを見つけられにくいという点もある。
  6. ^ ゲンジ2003p.144-146。
  7. ^ 昭和41年2月21日決定(判例時報450号60頁)
  8. ^ 平成14(し)18 再審請求棄却決定に対する異議申立棄却決定に対する特別抗告事件 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/850/057850_hanrei.pdf
  9. ^ 東京高裁平成20年3月27日判決、東京高等裁判所判決時報刑事59巻1~12合併号22頁






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