科学的方法 現実の研究プロセス

科学的方法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/25 22:26 UTC 版)

現実の研究プロセス

本節では、先述の「科学的方法のプロセス」について、現実の研究を前提とした説明を行う。

先行研究のリサーチ

過去の論文などを調べ、何が分かっていないのかを調べる。または同時に、自分の知りたいことを解明するにあたり、有効な手法がないか、比較、参照する上で有益なデータがないかを調べる。 一般に、研究者は、自分のテーマに関連する先人達の業績である文献をよく読み、その中から証明すべき事実を演繹し、実験仮説、リサーチクエスチョンを設定する。このときの 仮説の善し悪しが、その後の価値を左右する。

仮説の構築

仮説とは、推測ではあるが、観察した現象や事実を説明できるものである。具体的には(いくつかの仮定を含む)何らかのモデルを立て、それに基づいて演繹的に結果(具体的なモデルや、何らかの周期性や規則性等)を予想したものである。(「科学的方法における結論」を参照のこと)。

通常は、仮説は実験を単純化したモデルを立てる形で行い、モデルをいくつか立てた上で、そのモデルの定性的な傾向、例えば、入力する量を増やせば、信号がどのように変化するかや、モデルを支持する結果と反証する結果がどんなものかを予想した上で、大まかなセットアップを考案して実験の準備をし、だいたいの最適な設定とデータが取得されるデータのオーダーを予想する。また、その仮説を立てた大まかな理由もある程度明確にしておくとよい。箇条書きにすると、以下のことが重要である。

  • 実験を単純化したモデル
  • モデルの定性的な傾向
  • モデルを支持する結果と反証する結果の例
  • そのモデルから予想される、最適な実験条件のオーダー

実験の計画

研究の計画とは「何を明らかにするために、何をしたのか(するのか)」を定めることである。先行研究のリサーチや、それに基づく仮説の構築、あるいは先行して行った予備実験によって、「何を明らかにするために」の部分が明確になった時点においては、実験計画とは、何をどのように測定すれば、仮説がテストできるか、あるいは、問題の切り分け方法を考案することと、その測定を行う段取りをたてることである(ロードマップマイルストンも参照のこと)。

仮説のテスト方法、あるいは問題の切り分け方法を考える上では、「何と何を測定し」、「何と何の関係に着目し」、「どのように解析すれば」、仮説のテストが可能であるか、問題の切り分けが可能であるかを考案することが重要である。つまり、仮説のテストを行う上で重要となる評価項目を明らかにして、その評価方法(測定方法)を適切な原理と方法、必要な精度を見積もって明示する必要がある(「科学的方法における証拠の項目」を参照のこと)。

仮説のテスト方法、あるいは問題の切り分け方法がある程度明確になった後は、「いつ、どこで何をする」に落とし込む必要がある。ところが、実際の研究計画は、理想的に事が運んだとしても個々の評価項目としての実験の結果によってシナリオが分枝する。従って、シナリオの分枝による先行したリスク評価が必要となる。軍事開発や大規模なソフトウェア開発などの大規模な研究開発プロジェクトでは、 Program Evaluation and Review Technique[72]に基づいた work breakdown structure [73]、Precedence Diagram Method[74]、Arrow Diagram Method[75]等を用いたシナリオの分枝の分析[76]が行われる。

シナリオの分枝の分析をしておくことで、どの順番で行うのが手際がよいのかを見極めることができ、シナリオ上の可能性の高いルートで必要となるものは先行して準備、手配することも可能となり、また、条件分枝の上で絶望的なルート(俗に言う死亡フラグ)に陥った場合の対処(例えばどこで見切りをつけるか)も考慮できる。絶望的なルートの例としては、仮説の立証にも反証にもならない結果ばかりしか得られず、時間ばかりかかるルートが考えられる。さらに、シナリオから大きくずれた状況に陥った時や、とっさの判断が求められた場合(まったく違うシナリオに遷移したほうがよい場合等)にも、より適切な判断が可能となる。

実際の研究では、学生実験とは違い、「初めから予想通りの結果になる」、あるいは「初めから予想を明確に反証する結果が得られる」ことは極めて稀である。実際には、最初に予想した内容を反証しているとも立証しているとも言い難い微妙な結果しか得られないことが多いため、実際には「予備実験、基礎検討」と「計画の見直」しの間の往復を何度も繰り返し行う必要がある[52]。また、実際の実験では予想した範囲を大きく逸脱した現象も視野に入れ、その場で随時予想や目的を修正しながら実験をしていく必要性が生じる。それでも、最初の段階でよく計画を立てておくと、それ以降の計画の見直しが楽になる。

試行錯誤型の研究の場合は、計画段階では目的を明確にし難い部分があり、どうしてもマルチエンディング型のゲームのように、目的(結末)が抽象的になる。「目的を明確にしないことは、タクシーに乗って行き先を言わないのに等しい」というたとえ話が教えるように、計画の良し悪しについては、ゴールの明確さが重要といわれる。しかし、研究、実験の計画はそのたとえ話には乗らない。研究の計画を“「行きたいところ」に行くため”の計画にたとえたとしても、試行錯誤が多いため、「行きたいところ」というのを明確に書き下すことは難しい。タクシーのたとえ話にたとえるならば、「外国人が見て面白そうなところに連れて行ってください」、「桜のきれいなところに連れて行ってください」といったことは明確であるが、そこがどこなのかはよくわからないといった状況である。実際には「行きたいところ」は、漠然とした状態で「行けるところ」、「行けたところ」が計画の遂行、修正のたびに決まってくるといった側面が強い。ここが実験の計画、研究の計画の難点である。

この意味で、試行錯誤型の研究は、探検に似ている。探検においては、「行きたいところ」は「金脈」だったり「肥沃な農地」だったりするが、実際に見つかったものは「油田」かもしれないし、広大な砂漠しかない場合もある。このような場合には、「成果となりえるもの」の候補と、「それが現れる兆候」を試行錯誤の中でよく把握しておく必要がある。「外国人が見て面白そうなところに連れて行ってください」、「桜のきれいなところに連れて行ってください」という二つの目的地を比較した場合、前者のほうがより上位である。実際、前者は紅葉の季節であっても通用するが、後者は通用しない。このように、当面の目標以外にも、より上位の目標、共通の上位目標を持つ別の代替目標を並行して考えておくことも必要である

尚、実験の計画については、実験計画法という分野があるが、これは、QC活動に関連したものであり、目的を明確で、実験の計画が迷走しないルーチンワーク的な実験(例えば実証実験)や品質保証における実験を手際よく行うことを想定しており、特に試行錯誤型のの研究にはあまり関連しない。

予備実験、基礎検討及びその解析

予備実験、基礎検討とはリサーチクエスチョンの抽出や仮説、モデルの構築、オーダーエスティメーション、実験の問題点などの評価切り分け、最適条件の探索のために行う実験、検討のことである。

「実験の計画」の項目で述べたように、実際の研究では、学生実験とは違い、「初めから予想通りの結果になる」、あるいは「初めから予想を明確に反証する結果が得られる」ことは極めて稀である。実際には、最初に予想した内容を反証しているとも立証しているとも言い難い微妙な結果しか得られない。

そのため、大体の場合、研究は大雑把な仮説とその根拠になるプレリミナリーなデータを積み木のように組み立てていくことで進行する。つまり、「実験の大まかな傾向を見るための実験(予備実験)を行いながら、当初考案したモデルも修正しながら、さらにそのモデルの成否をよく判定する条件を探りながら再度予備実験を行い」というサイクルを実行する。つまり、上記の(1)-(4)の間のプロセスを長い期間往来する。このプロセスにより、価値ある研究課題と最適な実験条件が見つかり、実験手技も高まって安定していく。

予備実験の良し悪しは、その実験家のセンスそのものだという学者もいる[52]。通常、どの研究者も、まずは初歩的な阻害要因(グランドループによる発振や電源ノイズ、振動、極端なコンタミネーション、手技の不足)をあたって、それらがドミナントでない場合には誰でもこのレベルの問題は解決できる。また、条件を振って問題の切り分けを試み、何らかの操作を行い、その応答[注釈 14]から押さえるべきポイントを論理的に把握ることを試みる。また、複数の実験データをみながら即座にいろいろなモデルを立て、そのモデルを考慮しながら随時、実験条件の最適化を図っていくこと。しかし、最終的に整合のとれたモデルとデータの組に到達できる人は少数である。そのような者は、どうしようもないときにも「この山はハズレ」との結論に到達するまでの時間が短くさらにその決断は正しい(どのような要因が邪魔なのかをそれなりには正確に把握している)。予備実験の段階で注意すべきことを箇条書きにすると、以下のようになる。

  1. 予備実験のデータを桁違いに変化させる要因
  2. 傾向を大幅に変える要因(発振が止まる等)
  3. 変化させられるパラメータ
  4. 個々のパラメータそれぞれを独立に動かした時に測定される個々の測定値のそれぞれ変化の傾向[注釈 15]
  5. そのオーダー
  6. それに当てはまる実験式、定性的なモデルなど

実験の勝負は、「先行研究のリサーチ」、「予備実験」の段階で大半が決まり、これに従い、「リサーチクエスチョンの抽出」、「仮説の構築」、「最適な実験条件」が機械的に決まり、実証実験に至っては、もはやルーチンワークでしかない[52]。このことから、研究者の成長にとって、実験の大半を予備実験や基礎検討に費やすことが遠回りなようで、実はこれが実験の成功への近道であるばかりか、若い研究者の研究能力の大きな基盤財産になると考えられている[52]

実証実験

仮説が正しいか、否かを、客観的な形で検証するための、デモンストレーションを前提とした実験。

実験の再現性という観点から言えば、実証実験は、よほどの人を除き誰でもできる程度の完全なルーチンワークであることが望まれる。







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