スコーピオン (スクーナー) スコーピオン (スクーナー)の概要

スコーピオン (スクーナー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/07/17 09:50 UTC 版)

艦歴
発注:
起工:
進水: 1813年
就役:
退役:
その後: 1814年9月6日にイギリス軍により捕獲
性能諸元
排水量: 86トン
全長: 62 ft (18.9 m)
全幅: 17 ft (5.2 m)
吃水: 5 ft (1.5 m)
機関: 帆走
最大速:
兵員: 士官、兵員35名
兵装: 長砲身32ポンド砲1門
32ポンド砲1門、カロネード砲

スコーピオンは米英戦争中の1813年の春に、プレスク・アイル(現在のペンシルベニア州エリー)で進水した。

スコーピオンはオリバー・ハザード・ペリーのいとこのスティーブン・チャンプリンの指揮の下で、1813年の夏から秋の間ペリーの部隊と共にエリー湖で行動した。

1813年9月10日、スコーピオンはエリー湖の戦いに参加した。この戦いでアメリカ艦隊はイギリス艦隊を破り捕獲した。この戦いの終わりにスコーピオンとスループ・トリップはイギリスのスクーナーChippewayとスループ・リトルベルトを捕獲した。この戦いでスコーピオンは2人を失った。

この戦いの後、スコーピオンはテムズ川地域でウィリアム・ヘンリー・ハリソンの軍を支援し、兵員や物資、敵から奪った弾薬の輸送を行った。

1813年から1814年にかけての冬はスコーピオンはエリーで係船されていた。1814年5月から9月までの期間はスコーピオンはデトロイト地域の陸軍に協力してエリー湖とヒューロン湖で行動し、兵員の輸送やノタワサガ川とシムコー湖の敵の封鎖などに当たった。

1814年9月6日、ヒューロン湖の封鎖任務中にスコーピオンは、日前にイギリスに捕獲された元アメリカのスクーナー・タイグリスによって捕獲され、スコーピオンはイギリス海軍のスクーナーConflanceとなった。

外部リンク




「スコーピオン (スクーナー)」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「スコーピオン (スクーナー)」の関連用語

スコーピオン (スクーナー)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



スコーピオン (スクーナー)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのスコーピオン (スクーナー) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS