クリーブランド・スタジアム クリーブランド・スタジアムの概要

クリーブランド・スタジアム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/19 20:54 UTC 版)

ミュニシパル・スタジアム
Cleveland Stadium
Lakefront Stadium
施設データ
所在地 1085 West Third Street
Cleveland, OH 44114
起工 1930年6月24日
開場 1931年7月1日
閉場 1995年12月17日
取り壊し 1996年11月
所有者 クリーブランド市
グラウンド 天然芝
建設費 300万ドル(1931年) 、
500万ドル(1967年・改修) 、
360万ドル(1974年・改修)
設計者 F.R. Walker (Walker & Weeks)
建設者 Osborn Engineering Co.
使用チーム • 開催試合
クリーブランド・インディアンス(1932年 〜 1993年) 、セントルイス・ラムズ(1937年 、1939年 〜 1941年 、1944年 〜 1945年) 、クリーブランド・ブラウンズ(1946年 〜 1995年)
収容人員
74,483人
グラウンドデータ
球場規模 左翼 - 320 ft (約97.5 m)
左中間 - 385 ft (約117.3 m)
中堅 - 400 ft (約121.9 m)
右中間 - 385 ft (約117.3 m)
右翼 - 320 ft (約97.5 m)
バックネット - 60 ft (約18.3 m)
フェンス 8 ft (約2.4 m)

「1932年に開催される夏季オリンピック誘致のために建設された」と言われているが、これは間違い。開催地は既にロサンゼルスに決まっていたため。

秋から春にかけて冷たい風が吹き込み、夏には蚊やカゲロウの群れが飛来することから観客の評判が非常に悪く、また選手からも「グラウンドのコンディションが酷い」「ダグアウトで下水が逆流する」と文句が絶えなかった。このため「湖畔の失敗The Mistake on the Lake)」と蔑まれた。

現在、跡地にはブラウンズの本拠地クリーブランド・ブラウンズ・スタジアムが建っている。

日本のプロ野球チーム、中日ドラゴンズのかつての本拠地・ナゴヤ球場(建設時は『中日スタヂアム』)はこの球場をモデルに設計している。




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現存しないアメリカンフットボール競技施設 クリーブランド・スタジアム  ポロ・グラウンズ  ジョン・F・ケネディ・スタジアム  シェイ・スタジアム  カウンティ・スタジアム
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