カプレーゼ・ミケランジェロ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/16 01:05 UTC 版)
名称
地元の方言では、Capresa と呼ばれる[5]。
地理
位置・広がり
アレッツォ県の東部、ヴァルティベリナ (it:Valtiberina) に位置するコムーネである。カプレーゼ・ミケランジェロの集落は、県都アレッツォの北北東約21km、州都フィレンツェの東南東約61km、ペルージャの西北西約67km、ラヴェンナの南南西約88kmにある。
隣接コムーネ
隣接するコムーネは以下の通り。
- キウージ・デッラ・ヴェルナ - 北
- ピエーヴェ・サント・ステーファノ - 北東
- アンギアーリ - 南東
- スッビアーノ - 南西
- キティニャーノ - 北西
歴史
ミケランジェロ・ブオナローティは1475年3月6日、フィレンツェ共和国領であったこの村で生まれた。父のルドヴィコはフィレンツェ共和国の官吏で、当時はカプレーゼの判事を務めていた。ミケランジェロはこの村の教会で洗礼を受けているが、生後数か月で父とともにフィレンツェに移っている。
1860年、サルデーニャ王国がトスカーナ大公国が編入した際に、サルデーニャ王国(のちのイタリア王国)領となった。この際におこなわれた併合の可否を問う国民投票では、この村の投票者の半数強(446人中226人)が「否」を投じている[6]。
1913年、ミケランジェロ・ブオナローティにあやかり、コムーネの名に「ミケランジェロ」が付加された[7]。
社会
経済・産業
特産品
さまざまな種類の栗(マロン)がこの村の特産品である。2010年には、「カプレーゼ・ミケランジェロのマローネ」 (it:Marrone di Caprese Michelangelo DOP) が原産地名称保護(DOP)の認定を受けた。
人口
人口推移
行政
分離集落
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キティニャーノ | キウージ・デッラ・ヴェルナ | ピエーヴェ・サント・ステーファノ | ||
カプレーゼ・ミケランジェロ | ||||
スッビアーノ | アンギアーリ |
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Total Resident Population on 1st January 2017 by sex and marital status” (英語). 2017年10月16日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Arezzo (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年3月10日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Arezzo (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年3月10日閲覧。
- ^ “出かけよう、日美旅 第25回 イタリア・フィレンツェへ ミケランジェロを訪ねる旅”. NHK (2016年10月23日). 2018年9月13日閲覧。
- ^ AA.VV. (1996). Dizionario di toponomastica. Storia e significato dei nomi geografici italiani. Milano: GARZANTI. p. 137 ※
- ^ Nidia Danelon Vasoli (1968). Il plebiscito in Toscana nel 1860. Firenze: Olschki ※
- ^ “STORIA, ARTE, AMBIENTE”. Comune di Caprese Michelangelo. 2012年6月28日閲覧。
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