武富士
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/07/02 07:31 UTC 版)
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| 武富士・枚方店(大阪府枚方市) |
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| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 | |
| 本社所在地 | 〒103-0022 東京都中央区日本橋室町3丁目3番1号 E.T.S.室町ビル7階 |
| 設立 | 1966年1月 |
| 廃止 | 2017年(法人格消滅) |
| 業種 | その他金融業 |
| 法人番号 | 7010001145836 |
| 事業内容 | 消費者金融業ほか |
| 代表者 | 管財人 小畑英一 |
| 資本金 | 304億7,800万円 |
| 発行済株式総数 | 1億4429万5200株 (2010年6月30日現在) |
| 売上高 | 連結1202億6,600万円 (2010年3月期) |
| 営業利益 | 連結333億60百万円 (2010年3月期) |
| 純利益 | 連結45億77百万円 (2010年3月期) |
| 純資産 | 連結1506億20百万円 (2010年3月31日現在) |
| 総資産 | 連結6869億31百万円 (2010年3月31日現在) |
| 従業員数 | 2,009人 (2010年6月30日現在) |
| 決算期 | 毎年3月31日 |
| 主要株主 |
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| 主要子会社 |
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| 関係する人物 | 武井保雄(創業者) |
| 特記事項:登録番号:関東財務局長(9)第00020号 | |
武富士(たけふじ、英語: Takefuji)は、TFK株式会社の旧商号の株式会社武富士、およびTFK株式会社より事業を引き継いだ株式会社日本保証が2013年3月まで名称を使用していた消費者金融である。長らく「¥en shop 武富士」(エンショップたけふじ)の名前で営業していた。
概要
1966年(昭和41年)1月に、武井保雄によって創業された富士商事が前身である。団地住民に無担保で貸し付ける団地金融をきっかけとして高利貸しをしていき、芸能人を多用したテレビCMの大量出稿やル・マン24時間レースへのスポンサー・mastercard系クレジットカードの発行などで注目を集めるなど、「サラ金」に対するイメージ向上戦略などを行い、創業者である武井が一代で消費者金融業界のトップの座まで築きあげた。
比較的業績が良かった時期から武井の経営方針やワンマン・パワハラ体質を批判されることも多く、そのような批判を行った出版社やフリーライターに対して名誉毀損訴訟を起こす(スラップ)などして対抗した。顧問弁護士に「無罪請負人」の異名をとる弘中惇一郎やのちに大阪府知事となる吉村洋文、吉村の当時の上長である熊谷信太郎らを擁していた武富士であったが、多くの訴訟は武富士側の敗訴に終わり、一連の訴えもスラップ訴訟に過ぎないとの謗りを受けた[1][2]。2003年(平成15年)12月にはやはり同社を批判するライターを標的としたジャーナリスト宅盗聴事件で武井が逮捕され、懲役3年・執行猶予4年の有罪判決を受け会長を辞任した[3][4]。
こうしたイメージダウンの中、2000年代後半には他の大手消費者金融同様に過払い請求の増加などによる業績と資金繰りの悪化が伝えられ、2010年(平成22年)9月28日に東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請し、受理された(詳細は#沿革参照)。過払いとなった同社の顧客は推計で約200万人、その過払い額は2兆4000億円とされた[5][6]。同社から債務譲渡を受けた富士クレジットが、同社の顧客の一部に対し、(過払金返還請求など)一切の金銭的請求をしないことなどを条件とする「和解書」を送付し、署名も要求していたことが判明する。事実上、返還請求を封じようとする動きであるとの指摘が出て、金融庁などは、弁護士法やサービサー法などに抵触する可能性があるとして問題視した[6]。その後、韓国の消費者金融A&Pフィナンシャル社(「ラッシュ・アンド・キャッシュ」)がスポンサーとなり、買収することが発表された[7]。
2011年(平成23年)10月31日に、東京地裁は更生計画の認可決定を行った。これにより、武富士は、消費者金融事業等について1か月以内に会社分割(吸収分割)を行い、約282億円でA&Pフィナンシャル社のグループ会社であるアプロ株式会社に承継させるとともに、会社の商号をTFK株式会社に変更して、会社分割による事業譲渡代金、法人税の更正還付金、旧経営者・証券会社からの損害賠償金などから、債権者に対して配当を行うことに特化することとなった[8]。その後、会社分割は、2011年(平成23年)12月31日までの間において管財人が定める日に延期された[9]。
しかし、A&Pフィナンシャル社が資金調達できなくなったことから、2011年12月28日に、Jトラスト株式会社との間でスポンサー契約を締結。2012年3月1日付で会社分割を行い、約252億円でJトラストの子会社である株式会社日本保証(旧・ロプロ)[注 1]に事業を承継させることとなった[10]。会社分割を行った2012年3月1日に旧法人はTFK株式会社に商号を変更し、会社更生手続きや弁済手続きに専念することになった。TFKは残存していた訴訟対応などが終了したことを受けて2017年3月17日付で清算され、法人として消滅した[11]。
事業を引き継いだ株式会社日本保証は2013年3月まで「武富士」の名で貸金業を営んだ。以降の消費者金融事業は「日本保証のフリーローン」と改称し、2015年頃に新規営業を終了。現在では不動産担保金融のみ新規営業を行っている。加入信用情報機関は株式会社日本信用情報機構 (JICC) である。
沿革
- 1966年(昭和41年)1月 - 個人事業「富士商事」を東京都板橋区蓮根にて創業。
- 1968年(昭和43年)6月 - 「有限会社武富士商事」設立。
- 1974年(昭和49年)12月 - 「株式会社武富士」に改組。
- 1991年(平成3年) - 元警視総監の福田勝一を非常勤顧問として迎え、警察人脈を広げる。
- 1996年(平成8年)8月 - 店頭(のちのJASDAQ)市場公開。
- 1998年(平成10年)12月 - 東京証券取引所第1部に上場。
- 2000年(平成12年)
- 2001年(平成13年)
- 5月 - 青森県内の弘前支店で強盗放火殺人事件が発生し社員5名が死亡。犯人は翌年3月に逮捕[12]。この事件が発生したことにより、約1年に渡りCMを自粛。
→詳細は「武富士弘前支店強盗殺人・放火事件」を参照
- 8月 - 廃部となった女子バレーボールチーム「イトーヨーカドー・プリオール」を引き継ぎ「武富士バンブー」を創設。
- 5月 - 青森県内の弘前支店で強盗放火殺人事件が発生し社員5名が死亡。犯人は翌年3月に逮捕[12]。この事件が発生したことにより、約1年に渡りCMを自粛。
- 2002年(平成14年)11月 - 日本経済団体連合会へ加盟。OMCの池田和夫氏らを招き入れクレジットカード事業を本格化
- mastercard系TaKe777カードの発行を開始、クレジットカード会員と加盟店を独自募集開始
- 2003年(平成15年)
- 2004年(平成16年)
- 2005年(平成17年)3月 - 2000年(平成12年)7月から2001年8月にかけて『週刊朝日』に武富士がスポンサーとして紀行もののグラビア記事を連載し、「編集協力費」として5000万円を支払ったが記事に武富士の表記が一切されず、不自然な金銭の収受であると『週刊文春』がスクープ記事で報じ、公に発覚。朝日新聞社側は編集協力費の返還と社内処分を実施[14]。
- 2006年(平成18年)9月 - 『週刊金曜日』と三宅勝久が武富士側に対して不当提訴による損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は武富士と武井前会長に賠償を命令。
- 2009年(平成21年)
- 5月25日 - 武富士の業績悪化を理由に武富士バンブーを廃部・解散。
- 12月 - 資金繰り悪化により貸し付けがほとんど停止し、資金調達を急いでいると報じられる[15]。
- 2010年(平成22年)
- 2月 - 開示された2009年12月期四半期決算短信から、資金調達の困難等により、継続企業の前提に関する重要事象等の注記がなされている[16]。
- 5月25日 - 債権を「富士クレジット」に譲渡。この債権は富士クレジットから日本振興銀行に「譲渡担保」の形でそのまま譲渡がされていたことが判明。振興銀は2日後の27日に業務停止処分となっている[17]。
- 9月27日 - 東京地方裁判所に会社更生法適用を申請する方向で調整を進めているとする報道が、第一報の『日本経済新聞』を初め報道各社よりあった[18]。武富士側は会社更生法の申請決定を行った事実はないと発表している[19]。武富士の発表をうけて東京証券取引所は、同日(日本時間)8時20分から報道の真偽等の確認のため武富士株を売買停止にした[20]。その後武富士から報道の真偽に関する発表が行われたことを受け、東京証券取引所が14時51分に武富士株を売買再開すると同時に監理銘柄(確認中)に指定した[21]。監理銘柄の指定を受けて日経株価指数300銘柄及び日経500種平均株価銘柄(→株価指数)から同年9月29日に除外されることになった[22]。
- 9月28日 - 前日とは一転して、午後に行われた取締役会で会社更生手続きを行う事を決定。同日に東京地方裁判所に申請し受理された[23]。負債額は約4336億円[24]。責任の明確化のために、代表取締役社長執行役員の清川昭と創業家出身で代表取締役副社長執行役員の武井健晃は退任。DIP型の会社更生手続きを採用し、同社出身の吉田純一が代表取締役社長に就任した[25]。そのことで、東証は整理銘柄に指定し、東証1部を同年10月29日付で上場廃止することが決まった[26]。
- 10月31日 - 東京地方裁判所(渡部勇次裁判長)が更生手続開始決定。管財人に小畑英一が就任。更生債権の届出期間が2011年(平成23年)2月28日まで、更生計画案の提出が同年7月15日まで(更生債権者等の提出期間は7月8日まで)と指定される[27]。
- 11月12日 - ロンドン証券取引所から上場廃止。
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)3月1日 - Jトラスト子会社のロプロに事業譲渡。同時に事業譲渡後の旧法人はTFK株式会社に商号変更し、会社更生手続きや弁済手続きに専念する。
- 2015年(平成27年)5月8日 - 武富士元利用者による、旧経営陣に対する過払金返還訴訟のうち、大阪地方裁判所が訴えの一部を認める判決[32]。
- 2017年(平成29年) 3月17日 - 更生手続終了に伴い、TFK株式会社は清算されて法人格が消滅[11]。
社名の由来
武井は社名の由来について創立15周年記念式典(1980年11月21日)の席で、次のように述べている[33]。「武井の武を取って、武士のように勇敢で、そして日本一とも世界一とも言われ、誰もが子供の頃から憧れ親しんできた富士山のように勇敢でやさしく、時には自然の厳しさを漂わせる、そんな奥深い思いやりのある富士山の富士を組み合わせ、万感の意を込めて、社名としたのであります」[34]。
CM
- 「武富士グループ名作劇場」と銘打った時代劇パロディシリーズ(劇中の人物が困ると、それに応えるように武富士の女性社員〈窓口係員〉が現れる。沢竜二が主演) - 1980年代
- 男女のダンス - 1987年(昭和62年)
- サーキットでのイメージCM(ル・マン24時間レースでの映像) - 1990年(平成2年)
- 武富士ダンサーズ(1991年〈平成3年〉 - 2003年〈平成15年〉)
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- ジョー・リノイエの楽曲「シンクロナイズド・ラブ (Synchronized Love) 」に合わせて、女性が集団でダンスをするテレビCMが有名であったが、武井に逮捕状が出された2003年12月2日からTBSテレビを皮切りに民放各局がCMの自粛、差し替えを行った[35]。
- このCMの影響か、Dance Dance Revolutionシリーズの4thMixに収録されたリミックス版に付けられたバナーは青地にオレンジと白の文字という「¥en shop 武富士」のパロディと言えるデザインとなっている。
- 2000年前後から、ゴールデンタイムのプロ野球ナイター中継、バラエティ番組などで頻繁に放送されていた。
- CMの最後に「ご利用は計画的に 借りすぎに注意しましょう」とテロップが出ていたが、日本テレビ系全国ネットとして放送されていたバージョンは右下にテロップが流れるもので、CM曲「シンクロナイズド・ラブ (Synchronized Love) 」の最後はアレンジバージョンとなっていた。
主催したゴルフトーナメント
脚注
注釈
出典
- ↑ 三宅勝久『武富士追及 言論弾圧裁判1000日の闘い』 リム出版新社 2005年 ISBN 489800170X 、北健一『武富士対言論 暴走する名誉毀損訴訟』 花伝社 2005年 ISBN 4763404369
- ↑ 「いったい何者? 大阪府知事・吉村洋文という男」『週刊現代』2020年5月23・30日号、講談社、2020年6月24日、2025年4月8日閲覧。
- 1 2 「武井容疑者が武富士会長を退任」 asahi.com、2003年12月8日。
- ↑ 「【武富士破綻】“武井商店”私物化のツケ 独立路線で孤立、支援なく」 MSN産経ニュース、2010年9月27日。
- ↑ 山口祐輝 (2011年2月22日). “消費者金融株急落、武富士の潜在過払い金が増加-引当金積み増し警戒”. ブルームバーグ. 2010年2月26日閲覧.
- 1 2 吉田卓矢 (2010年2月26日). “富士クレジット:「和解書」武富士顧客に送り、署名求める - 毎日jp(毎日新聞)”. 毎日新聞. 2010年2月26日閲覧.
- ↑ 共同通信 (2011年4月28日). “武富士、韓国A&Pとの契約発表 再建支援のスポンサー決定”. 47NEWS. 2011年4月30日閲覧.
- ↑ 更生計画案 東京地方裁判所平成22年(ミ)第12号 株式会社武富士(更生決定案付議のお知らせ)
- ↑ 会社分割期日のお知らせ 株式会社武富士・2011年11月30日
- ↑ スポンサー変更及び会社分割期日変更のお知らせ 株式会社武富士・2011年12月28日
- 1 2 “3月まで存続していた!? 消費者金融・武富士の最期――「ブラックだけど頑張ればお金がもらえた」元従業員が語る”. 週刊SPA!. 2017年5月5日. 2017年5月6日閲覧.
- ↑ 「「武富士放火強盗殺人」判決は死刑! なぜ? 即日控訴 - 武富士放火判決」 All About、2003年2月19日。
- ↑ “武富士CM放送中止相次ぐ 在京民放各局”. Yahoo!ニュース (2003年). 2003年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月12日閲覧。
- ↑ 「箱島朝日新聞社長が退任へ 武富士問題も影響か」 共同通信・2005年5月26日
- ↑ 消費者金融、剣が峰 武富士も「債務不履行」に - asahi.com、2009年12月10日
- ↑ 『平成22年3月期第3四半期決算短信(2010年3月期)』(PDF)(プレスリリース)株式会社武富士、2010年2月12日、4頁。オリジナルの2010年3月26日時点におけるアーカイブ。2024年6月5日閲覧。
- ↑ 武富士債権売却でデタラメ回収が横行 日本振興銀行が資金提供か 週刊金曜日2010年12月24日号
- ↑ 武富士、更生法申請へ 過払い金返還重く - 日本経済新聞
武富士が会社更生法適用申請で最終調整 - 読売新聞 2010年9月27日閲覧 - ↑ 本日の一部報道について (PDF)
- ↑ 東証、武富士株の売買を一時停止 更生法申請報道で日本経済新聞
- ↑ 東証、武富士株を監理銘柄に指定
当社株式の監理銘柄(確認中)指定に関するお知らせ (PDF) - ↑ 日経300から武富士株を除外
- ↑ 会社更生手続きに関するお知らせ (PDF) 武富士プレスリリース 2010年9月28日
- ↑ 大型倒産速報:武富士帝国データバンク 2010年9月28日閲覧
- ↑ 代表取締役の異勤に関するお知らせ (PDF)
- ↑ 東証、武富士株の上場廃止を決定 10月29日付で日本経済新聞
- ↑ 『会社更生手続開始決定に関するお知らせ』(PDF)(プレスリリース)株式会社武富士、2010年10月31日。オリジナルの2011年5月25日時点におけるアーカイブ。2024年6月4日閲覧。
- ↑ “武富士:韓国系が買収へ A&P、月内に優先交渉権”. 毎日新聞. 2011年4月9日.
- ↑ 旧役員等及び大株主への訴訟の提起について 株式会社武富士・平成23年10月5日[リンク切れ]
- ↑ 更生計画に基づく当社株式のお取扱いについて 株式会社武富士・2011年10月31日[リンク切れ]
- ↑
“「武富士」旧経営陣に55億円の賠償求め提訴”. 産経新聞. 2011年12月5日. 2011年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2022年9月9日閲覧.
{{cite news}}:|archive-date=と|archive-url=の日付が異なります。(もしかして:2011-12-08) (説明) - ↑ 武富士訴訟:過払い利息返還、元副社長に命令 毎日新聞 2015年5月9日[リンク切れ]
- ↑ 溝口 1983, p. 26.
- ↑ 溝口 1983, p. 26 - 27.
- ↑ “武富士CM放送中止相次ぐ 在京民放各局”. Yahoo!ニュース (2003年). 2003年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月12日閲覧。
- ↑ “Trust in me|MYSTeRY|ORICON NEWS”. ORICON NEWS. 2024年2月15日閲覧。
関連書籍
- 中川量博『「サラ金」を踏み倒せ 業界の裏のウラまで知り尽くした元・武富士法務課長がすべてを明かす!』ベストブック、2006年10月。ISBN 978-4831400949。
参考文献
- 溝口敦『サラ金商人 武富士・プロミス・レイク・アコムの"帝王"たち』現代書林、1983年11月。 ISBN 978-4876200221。
関連項目
- チーム・シュパン メインスポンサーとしてル・マン24時間レースに出場した。
- クイズ赤恥青恥 スポンサー番組。
- アニメがんばれゴエモン パロディで「竹富士」が登場していた。
- 賭博黙示録カイジ 主要人物として、消費者金融を主体とする日本最大規模のコンツェルン「帝愛グループ」の総帥である老人「兵藤和尊」ならびに和尊の息子である「兵藤和也」(武→兵、富士→藤のもじり)が登場する
- 中間管理録トネガワ 上記作品のスピンオフ ある回で同社のCMのパロディが登場した。
外部リンク
- 武富士<8564.T>をCaa1からCaa2に格下げ、引き下げ方向で見直し=ムーディーズ - ロイター、2010年3月25日
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