ミニー・リパートンとは? わかりやすく解説

ミニー・リパートン

(Minnie Riperton から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/27 02:14 UTC 版)

ミニー・リパートン
1977年撮影
基本情報
出生名 ミニー・ジュリア・リパートン[1][2][3]
生誕 1947年11月8日
出身地 アメリカ合衆国 イリノイ州シカゴ
死没
ジャンル
職業 シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル
活動期間 1962年 - 1979年
レーベル

ミニー・ジュリア・リパートン・ルドルフ英語: Minnie Julia Riperton Rudolph1947年11月8日 - 1979年7月12日)は、アメリカシカゴ出身のシンガーソングライター。出生名はミニー・ジュリア・リパートン英語: Minnie Julia Riperton)。

5オクターヴから5オクターヴ半という広い声域を持ち[4]、特に「ラヴィング・ユー」のサビで使われる超ハイトーンが有名である。後のマライア・キャリーセリーヌ・ディオンらに幅広く影響を与えた。

夫はミュージシャンのリチャード・ルドルフ英語版。娘はコメディアン、女優のマーヤ・ルドルフ

略歴

シカゴ生まれ。幼少の頃から音楽に親しんだ。14歳の時にはグループ「ジェムス(GEMS)」に加入、1966年には「アンドレア・デイヴィス」という芸名でソロデビューした。また、サイケデリック・ソウル・バンドロータリー・コネクション英語版 」のリードヴォーカルも担当したが曲がなかなかヒットしなかった。この間にプロデューサーのリチャード・ルドルフ英語版と結婚し、のちに女優となるマーヤ・ルドルフら2児を儲けプライベートでは恵まれた生活を送っていた。

1971年にスティーヴィー・ワンダーのバックコーラスに抜擢される。1974年12月にスティーヴィーがプロデュースしたアルバム『パーフェクト・エンジェル』を発売。このアルバムからシングルカットした「ラヴィング・ユー」が全米で大ヒットした。

1976年頭に乳がんと診断され同年春に手術を受ける。一時快方に向かったがガンが腕に転移していることが1978年に判明。1979年7月12日に31歳で死去。ウエストウッド・メモリアルパークに埋葬された。

スティーヴィー・ワンダーとの交流

曲がヒットしていない時期からスティーヴィーはミニーの歌を聴いていてミニーに注目していた。スティーヴィーのコンサート会場にてミニーがスティーヴィーの音楽に対する思いを語ったが、スティーヴィーはミニーをファンの一人としか思っていなかった。ところが名前を一応尋ねると、その女性こそ自分が注目しているミニーと知ってスティーヴィーは驚いたという。

この出会いを切っ掛けに『パーフェクト・エンジェル』のプロデュースと演奏サポートをスティーヴィーが手がけることになった。『パーフェクト・エンジェル』のブックレットの裏には、「A VERY SPECIAL FAN」という署名とともにメッセージが書かれているが、この「A VERY SPECIAL FAN」とはスティーヴィー・ワンダーでありスティーヴィーがいかにミニーに注目していたかを示すものでもある。死の床に在るミニーをスティーヴィーが見舞いに訪れた際に「私が待ってた最後の人がやって来たわね。全て良くなるわ」とミニーはつぶやいたという。

カバーされた楽曲

ラヴィング・ユー

美しいメロディと演奏側による解釈の自由度から海外ではスタンダード的な曲としてノーマン・コナーズシャニースジュリア・フォーダムなどジャンルやキャリアを問わず多数がカバー。日本国内でも「ジャズ好きな父親の影響で聴いていた」という今井美樹が自身のアルバム「fiesta」(1988年)でカバーするなど元々日本でも馴染みの深い楽曲であった。

1991年に日本盤のみ発表されたUKレゲエ歌手ジャネット・ケイの『LOVIN' YOU~BEST OF J.K.』の大ヒットを機に、その後日本国内のアーティストによるカバーも多数発表された。

インサイド・マイ・ラヴ

  • ACO(アルバム『LadySoul』に収録)

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • 『カム・トゥ・マイ・ガーデン』 - Come to My Garden (1970年、GRT)
  • 『パーフェクト・エンジェル』 - Perfect Angel (1974年、Epic)
  • 『ミニーの楽園』 - Adventures in Paradise (1975年、Epic)
  • 『ステイ・イン・ラヴ』 - Stay in Love (1977年、Epic) ※旧邦題『妖精の部屋』
  • 『ミニー〜ミニーと出会ったら』 - Minnie (1979年、Capitol)
  • 『愛・生命・永遠』 - Love Lives Forever (1980年、Capitol) ※「生命」に「いのち」のルビ

コンピレーション・アルバム

  • 『永遠の詩〜ベスト・オブ・ミニー・リパートン』 - The Best of Minnie Riperton (1981年、Capitol)
  • Gold: The Best of Minnie Riperton (1993年、Capitol)
  • 『SUPER BEST』 - Super Best (1993年、Capitol)
  • 『パーフェクト・キス』 - Perfect Kiss, Minnie Riperton Best Collection (1993年、Capitol)
  • 『ハー・チェス・イヤーズ〜フィーチャリング・ジェムズ&ロータリー・コネクション』 - Her Chess Years (1997年、Chess)
  • 『フリー・ソウル クラシック・オブ・ミニー・リパートン』 - Free Soul. The Classic Of Minnie Riperton (1999年、Capitol)
  • Petals: The Minnie Riperton Collection (2001年、The Right Stuff)
  • Les Fleurs: The Minnie Riperton Anthology (2001年、EMI)
  • 『ラヴィン・ユー』 - Lovin' You (2003年、Capitol)
  • 『ベスト・セレクション』 - Best Selection (2013年、Universal/Capitol)

脚注

出典

  1. Patricia Romanowski, Holly George-Warren (September 2001). The Rolling Stone Encyclopedia Of Rock & Roll (Paperback ed.). Fireside Books. p. 825. ISBN 0-7432-0120-5
  2. 1 2 3 4 Ankeny, Jason. Minnie Riperton | Biography & History - オールミュージック. 2020年12月6日閲覧。
  3. 20 People Who Changed Black Music: Operatic Angel Minnie Riperton, the Voice of Perfection”. Miami Herald. 2020年12月6日閲覧。
  4. Chick, Stevie (2016年6月29日). Minnie Riperton - 10 of the best”. Guardian.com. Guardian Media Group. 2020年12月6日閲覧。

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