フリオ・プリエト
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/13 14:35 UTC 版)
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| 名前 | ||||||
| 本名 | フリオ・プリエト・マルティン Julio Prieto Martín |
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| ラテン文字 | Julio Prieto | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | |
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| 生年月日 | 1960年11月21日(62歳) | |||||
| 出身地 | マドリード | |||||
| 身長 | 173cm | |||||
| 体重 | 73kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| ユース | ||||||
| 1973-1979 | |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1979-1981 | |
27 | (8) | |||
| 1981-1987 | |
166 | (11) | |||
| 1981-1982 | → |
20 | (2) | |||
| 1987-1990 | |
107 | (19) | |||
| 1990-1991 | |
12 | (0) | |||
| 1991-1993 | |
52 | (4) | |||
| 1993-1995 | |
63 | (9) | |||
| 通算 | 447 | (53) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1980 | |
1 | (0) | |||
| 1980-1982 | |
12 | (4) | |||
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フリオ・プリエト・マルティン(Julio Prieto Martín、1960年11月21日 - )は、スペイン・マドリード出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
経歴
アトレティコ・マドリードのカンテラで育成され、1979年12月20日、コパ・デル・レイのアトレティコ・バルデモロ戦にて、先発フル出場してトップチームデビューを果たした[1]。1982-83シーズンからレギュラーに定着すると、1986-87シーズン終了後にセルタ・デ・ビーゴへ移籍するまでの2度のメジャータイトルを獲得した。1985-86シーズンにはUEFAカップウィナーズカップにてFCディナモ・キエフとの決勝に先発フル出場したが、試合には0-3で敗れた[2]。セルタでの3シーズンもレギュラーとして活躍し続けたが、在籍3シーズン目にクラブがセグンダ・ディビシオンへと降格したことを受けて古巣アトレティコ・マドリードへ復帰した。その後は以前のような輝きを取り戻すことなくキャリアを終えた。
現役引退後はしばらく世間に顔を見せずにいたが、2017年4月、麻薬密売に関わったことが当局によって明かされ、後の裁判を経て2年間の懲役刑が課されたことが報じられた[3]。
タイトル
クラブ
- アトレティコ・マドリード
- コパ・デル・レイ : 2回 (1984-85, 1990-91)
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ : 1回 (1985)
関連項目
脚注
- ^ “Atlético de Madrid - Valdemoro (0 - 0) 20/12/1979 | BDFutbol”. www.bdfutbol.com. 2023年10月13日閲覧。
- ^ “Julio Prieto: “Los atléticos estamos disfrutando como nunca”” (スペイン語). Atlético de Madrid (2013年11月28日). 2023年10月13日閲覧。
- ^ “Dos años de cárcel para el exfutbolista Julio Prieto por colaborar con narcos” (スペイン語). El Pais (2017年4月15日). 2023年10月13日閲覧。
外部リンク
- フリオ・プリエト - FootballDatabase.eu (英語)
- フリオ・プリエト - WorldFootball.net (英語)
- フリオ・プリエト - Transfermarkt.comによる選手データ (英語)
- フリオ・プリエト - BDFutbol.com (英語)
- フリオ・プリエトのページへのリンク