迎陽トンネルとは? わかりやすく解説

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迎陽トンネル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/25 13:04 UTC 版)

迎陽トンネル
 迎陽トンネル(野庭町側)
概要
位置  神奈川横浜市港南区野庭町日野南四丁目間
座標

北緯35度22分53.6秒 東経139度34分02.3秒 / 北緯35.381556度 東経139.567306度 / 35.381556; 139.567306座標: 北緯35度22分53.6秒 東経139度34分02.3秒 / 北緯35.381556度 東経139.567306度 / 35.381556; 139.567306

現況 供用中
運用
建設開始 1908年明治41年)
完成  
開通 1915年大正4年)
閉鎖  
所有  
管理  
通行対象 自動車・徒歩
用途  
技術情報
全長 42メートル
道路車線数 2車線(片側1車線)
最低部  
高さ  
8メートル
勾配  
テンプレートを表示
迎陽トンネル(日野南側)
迎陽トンネル(施工版)

迎陽トンネル(げいようトンネル)は、神奈川県横浜市港南区にあるトンネル迎陽隧道(げいようずいどう)ともいう。

概要

港南区の野庭町(のばちょう)と日野南(ひのみなみ)四丁目の境は、南北に走る標高80メートル級の山岳稜線に隔てられ、稜線西の野庭側は柏尾川水系の一つ平戸永谷川支流・馬洗川の、対する東の日野南側は大岡川の支流・日野川の谷である。トンネル開通以前、この野庭と日野とを結ぶ道は、現在のトンネルの北東にあった山道だったが、曲がりくねる急坂道で往来は危険、降雨時には使用不能だった[1]

当時、野庭には「野庭炭鉱」という亜炭を採掘する炭鉱が存在したが、1908年(明治41年)、トンネル開通を望んだ野庭村民と炭鉱業者が協力して岩盤を7年かけて人力で掘削し[2][3]、1915年(大正4年)に開通させた[4]

現在のトンネルは、1978年(昭和53年)の改修工事で幅8メートルに拡幅されたもの。

脚注

参考文献

  • 港南の歴史研究会1999年(平成11年)10月発行『こうなん道ばたの風土記(改訂版)』

関連項目

外部リンク




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