牛島信義とは? わかりやすく解説

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牛島信義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/11 15:46 UTC 版)

牛島 信義(うしじま のぶよし、1908年2月6日[1] - 1991年[2])は、日本地質学者。専門は石油鉱床学[3]

経歴

牛島惣太郎の四男として長崎県長崎市に生まれる。教育心理学者の牛島義友は兄[1]。1925年福岡県立中学修猷館[4]、1927年3月旧制福岡高等学校理科甲類[5]を経て、1930年3月に東京帝国大学理学部地質学科を卒業した[6]

1930年4月、北樺太石油に入社。1944年に北樺太石油が吸収合併された帝国石油において、1953年1月探鉱部副部長、1954年5月生産部長、1956年3月参事、1957年地質探査部長、1958年11月中央技術研究所所長を最後に、1959年12月に退社し、1960年1月に東北大学理学部教授に就任した[7]。退社に先立つ1959年11月に、論文「院内油田の鉱床学的研究」により、東北大学理学部より理学博士号を取得した[8][注釈 1]

東北大学では岩石鉱床学教室、石油鉱床学講座を担当した[1]。1971年3月に退職した[3]

脚注

注釈

  1. ^ 院内油田は、現在の秋田県にかほ市に所在した[9](同じ秋田県内の院内町(現・湯沢市)ではない)。

出典

  1. ^ a b c 人事興信録第24版』(人事興信所、1968年) ウ-67頁
  2. ^ 田口一雄「牛島信義先生の逝去を悼む」『地質學雜誌』第97巻第7号、日本地質学会、1991年7月、605頁、ISSN 00167630CRID 1573387452217187712 
  3. ^ a b 東北大学史料館 東北大学退職教員業績目録(2023年7月1日閲覧)
  4. ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館235年記念』(修猷館同窓会、2020年)同窓会員18頁
  5. ^ 『福岡高等学校一覧 第19年度(自昭和15年4月至昭和16年3月)』(福岡高等学校編、1941年)155頁
  6. ^ 『東京帝国大学一覧(昭和5年度)』(東京帝国大学、1930年)學生生徒姓名557頁
  7. ^ 東北大学史料館「著作目録(牛島信義)」第53巻、東北大学史料館、1971年、 hdl:10097/63668NAID 120005744489CRID 1050282677712934912 
  8. ^ 牛島信義『院内油田の鉱床学的研究』 東北大学〈理学博士 報告番号不明〉、1959年。 NAID 500000478520http://id.ndl.go.jp/bib/000010546000 
  9. ^ 院内油田跡地 - 鳥海山・飛島ジオパーク



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