熱的残存粒子とは? わかりやすく解説

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熱的残存粒子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/27 05:45 UTC 版)

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熱的残存粒子 (ねつてきざんぞんりゅうし, thermal relic) とは、現代宇宙論において、初期宇宙においては熱平衡にあったものの、宇宙の歴史のある時点において相互作用が実効的に無視できるようになり、それ以降自由粒子として振る舞うような粒子の総称である[1][2]。「残存物」ともいう[3]。相互作用が無視できるようになった時点でその粒子が相対論的であるか非相対論的であるかに応じて「熱い」残存粒子または「冷たい」残存粒子と呼ばれる。例えば宇宙ニュートリノ背景は熱い残存粒子であり、暗黒物質の候補であるWIMPは冷たい残存粒子モデルに基づくものである。

概要

ある粒子

冷たい残存粒子の存在量 の温度変化の数値解[18]。断面積としては温度に依存しないs波対消滅を仮定した。実線、破線、一点短鎖線が異なる に対する数値解であり、点線は熱平衡が保たれると仮定した場合の値。熱平衡の値 は指数関数的に減少する。しかし数値解は脱結合により断面積に依存したある時点で熱平衡からの値から逸脱し、ある値 で「凍結」する。

粒子 が温度 の熱平衡にあるとき、それが非相対論的である () ならば、その数密度

と書ける。従って熱平衡にあるときの の値は

と表示できる[19]。この場合の最終的な粒子 の存在量は に関する方程式を数値的に解くことによって求められる。

しばしば が温度のべき乗の依存性を持つと仮定される[19][20]: 。この場合、定数

により定義すると、 に関する方程式は

と書き直せる[19]。いくつかの に対する数値解を図に示す。ここからわかるように、初期には解 は熱平衡の場合の値 に一致するが、ある時刻 でそこから逸脱する。この時刻はガモフの基準により方程式

を満足する値 として概算できる[21]。その後、対生成・対消滅反応が停止し、 は最終的な値 に「凍結」する。その値は

である[22]

現在の宇宙における冷たい残存粒子の密度パラメータ は次のように求まる[22]

観測的制限

熱い残存粒子

熱い残存粒子が現在の宇宙に非相対論的な粒子として存在するならば、それはホットダークマターとして知られるタイプの暗黒物質として振る舞うが、その存在は宇宙論的観測によって棄却されている[23]。そのため、熱い残存粒子の密度パラメータは現在の暗黒物質の量 に比べて十分小さい必要があり、このことから熱い残存粒子の質量 に上限が与えられる。例えばニュートリノの場合、この考察から という制限が得られる[17]。ただしこの種の制限は の値を通じて断面積の大きさに依存し、断面積が小さく で凍結する場合には熱い残存粒子の質量の上限は 程度まで緩和される[19]

冷たい残存粒子

冷たい残存粒子はコールドダークマターと呼ばれるタイプの暗黒物質となる[19]。冷たい残存粒子の存在量は強く対消滅断面積に依存するため、質量に関する制限もまたその相互作用モデルに強く依存する[22]が、宇宙論的に意味のある量の残存粒子が生成されるためには断面積は極めて小さい必要がある[24]。一般論としては、理論のユニタリー性により相互作用断面積は粒子質量と

という関係にあるため、 を要求する[25]

具体的に相互作用断面積およびその質量として電弱相互作用から示唆される値を用いるとき、冷たい残存粒子シナリオが予測する暗黒物質量は現在の観測値を「奇跡的」に再現する[7]。この事実は「WIMPの奇跡[26] (WIMP miracle)」として知られており[7]、暗黒物質が weakly interacting massive particle (WIMP) と呼ばれる種類の素粒子であると考える根拠のひとつとなっている。

脚注

  1. ^ a b 松原, p. 39.
  2. ^ a b Profumo, p. 34-35.
  3. ^ a b 現代の天文学2, pp. 91-92.
  4. ^ a b c Profumo, pp. 47-54.
  5. ^ a b 松原隆彦『宇宙論の物理 上』東京大学出版会、2014年、92-93頁。ISBN 978-4130626156
  6. ^ 中家剛『ニュートリノ物理 ―ニュートリノで探る素粒子と宇宙―(基本法則から読み解く物理学最前線 9)』共立出版、2016年、41頁。ISBN 9784320035294
  7. ^ a b c Profumo, pp. 39-41.
  8. ^ Profumo, pp. 206-210.
  9. ^ Profumo, p. 36.
  10. ^ 松原, pp. 27-29.
  11. ^ 現代の天文学2, pp. 86-90
  12. ^ a b 松原, p. 40.
  13. ^ a b Profumo, p. 39.
  14. ^ 現代の天文学2, p. 90.
  15. ^ a b 松原, p. 41.
  16. ^ Profumo, p. 54.
  17. ^ a b c d 松原, p. 42.
  18. ^ 松原, p. 44, 図6.5.
  19. ^ a b c d e 松原, p. 43.
  20. ^ Profumo, p. 55.
  21. ^ 松原, p. 44.
  22. ^ a b c 松原, p. 45.
  23. ^ 松原, p. 41-42.
  24. ^ 現代の天文学2, p. 92.
  25. ^ Profumo, p. 42.
  26. ^ カイ・マルテンス. “なぜWIMPを探すのか、どうやって捕らえるのか”. 2020年8月1日閲覧。

参考文献

  • 松原隆彦『宇宙論の物理 下』東京大学出版会、2014年。ISBN 978-4130626163
  • 『シリーズ現代の天文学2 宇宙論1』佐藤勝彦, 二間瀬敏史、日本評論社、2012年、第2版。ISBN 978-4535607392
  • Profumo, Stefano (2017). An Introduction To Particle Dark Matter. World Scientific Publishing Europe. ISBN 978-1786340016 

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