村田正太顕彰碑
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昭和53年(1978年)11月16日、郷土の高知県野市町(現香南市)にて「救らいの父 村田正太先生顕彰碑」の除幕式が行われ、記念行事があった。東京大学、群馬大学名誉教授長谷川秀治が長文の碑文を作り、(実際に出席したのは代理の遠藤正義)、高知県知事・中内力(出席は阿部厚生労働副部長)が揮毫を行った。国立療養所邑久光明園園長・原田禹雄は祝辞を述べた。その中で、ある患者が涙を浮かべて「村田先生の薫陶を受けたものが邑久光明園に30名、全国に40名ほどいることを奥さまや皆さまに伝えて欲しい」と書いている。
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