小寺城とは? わかりやすく解説

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小寺城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/20 16:41 UTC 版)

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小寺城
岐阜県
城郭構造 山城
築城主 稲葉塩塵
築城年 不明
主な城主 稲葉氏
廃城年 1575年(天正3年)
遺構 曲輪、竪堀
指定文化財 なし
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小寺城(こでらじょう)は、美濃国池田郡小寺(岐阜県揖斐郡池田町)にあった日本の城池田山城とも呼ばれる。稲葉塩塵(いなば えんじん)が築き、稲葉氏三代の居城であった。

概要

美濃守護の土岐成頼は、西美濃の守りを固めるために稲葉家の祖である稲葉塩塵に命じて築城させた城である。四国の名族である河野氏(越智氏)の一族でもあった稲葉塩塵はその後勢力を増し、同じ美濃国池田郡に勢力を固めていた本郷城美濃国枝氏を凌ぐようになった[1]

その後、塩塵の子である 通則 みちのりは、1525年大永五年)の牧田の戦いで戦国大名の浅井亮政と戦い、息子5人と共に戦死した。

通則の子供で唯一残った六男の 一鉄 いってつが代を継ぎ、1575年天正三年)に大垣曽根城に居城を移し、小寺城は廃城となる[2][3][4]

なお、城主は、稲葉塩塵(通貞)- 稲葉通則稲葉一鉄(良通)と三代続いた[2]

場所

形式は「山城」で、山頂部付近の標高270m、比高150m付近の平場が城の跡となっている[5]。尾根を削平した階段状の平坦地や、空堀が残っている。

脚注

  1. ^ 小寺城 ちえぞー!城行こまい”. chiezoikomai.umoretakojo.jp. 2024年7月5日閲覧。
  2. ^ a b 美濃小寺城”. www.oshiro-tabi-nikki.com. 2024年7月5日閲覧。
  3. ^ 小寺城 /城跡巡り備忘録 岐阜県”. 466-bun.com. 2024年7月5日閲覧。
  4. ^ 岐阜県教育委員会 編『岐阜県中世城館跡総合調査報告書』 第1集、岐阜県教育委員会、2002年3月、[要ページ番号]頁。国立国会図書館書誌ID:000003650546 
  5. ^ 『小寺城跡(池田町)』”. 鬼丸のブログ. 2024年7月24日閲覧。



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