古凍古墳群とは? わかりやすく解説

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古凍古墳群

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 06:23 UTC 版)

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古凍古墳群
別名 柏崎・古凍古墳群(旧称)
所在地 埼玉県東松山市古凍
位置 北緯36度00分34.6秒 東経139度26分18.2秒 / 北緯36.009611度 東経139.438389度 / 36.009611; 139.438389座標: 北緯36度00分34.6秒 東経139度26分18.2秒 / 北緯36.009611度 東経139.438389度 / 36.009611; 139.438389
規模 円墳等9基現存
築造時期 古墳時代後期
有形文化財 古凍古墳群内土壙出土鉄製壺鐙及び馬具、2002年(平成14年)3月22日県指定[1]
地図
古凍古墳群
埼玉県内の位置
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古凍古墳群(ふるごおりこふんぐん)は、埼玉県東松山市古凍にある古墳群

概要

松山台地突出部に構築された古墳群で12基が現存している。早くからその所在が知られていたが、耕作などにより多くの古墳は削平され、墳丘の残っている古墳はカンベ塚古墳をはじめ9基である。かつては北部に展開する柏崎古墳群と一括して「柏崎・古凍古墳群」と呼んでいたが、発掘調査が進むにつれ両者の質的・年代的な差異が明らかにされ、それぞれ別の古墳群として扱われるようになった。

古凍4号墳

直径約30メートル・高さ5メートルの円墳。古墳群内で現存する最大の古墳である。1994年(平成6年)、東松山市遺跡調査会により東側の調査が行われた。周溝は隣接する3号墳を避けるようにして造られ、一部を掘り残した歪んだ形をしている。また、築造時の墳丘は直径42メートルあったと推定されている。周溝の途絶部分からは4基の土坑が発見され、鉄製壺、環状鏡板付金具などの馬具が出土した。これらの土坑は6世紀末から7世紀初頭にかけて造られたと考えられる。

土坑出土の馬具は、2002年(平成14年)3月22日付で県指定有形文化財に指定された[1]

脚注

  1. ^ a b 東松山市役所生涯学習部生涯学習課埋蔵文化財センター. “古凍古墳群内土壙出土鉄製壺鐙及び馬具”. 東松山市. 2022年5月16日閲覧。

参考文献

  • 塩野博 『埼玉の古墳 比企・秩父』 さきたま出版会、2004年

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