南進一郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/01/28 06:33 UTC 版)
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南 進一郎(みなみ しんいちろう、1950年 - )は京都府出身の西陣友禅誂え職人。京都西陣にて築150年の京町家にて自身のギャラリー兼アトリエに住み、同所にて友禅染体験『京染め塾』を主宰中。 千両が辻伝統文化祭前事務局長[1](立ち上げメンバーのひとり)。
夫人は漫画家の南久美子[2]。
来歴
生まれは舞鶴、京都に住んで50年。友禅染め職人としては二代目、東京友禅作家田中種水に師事、のち京都にて独立。
東京を修行先にえらんだ理由は、その当時、京都より東京の作家のほうが活気があると思ったからだという。
25才から48才まで絵を描き続け、約10,000枚の数に。
京都洛北の地で、京都で最高級といわれ皇室の仕事もする某社の下請けをしながら、その間に、日本の文様や文化等を元請先の社長に徹底的に絞られる。
エルメスデザイナーに日本文様の研修をしたり、着物の工程の下絵の部分だけマスコミに出たりといった、今の形を作る為の雌伏の時代に、T染匠、京都伝統産業青年会、親彩工芸、染技連などに所属し、 展覧会に出展する。通産大臣、知事賞等を、そのデザイン力が高く評価され、毎年受賞する。
独立後も、そのデザイン力を評価する関係者は多く、有名な演歌歌手のテレビ用衣裳にとの注文が続いている。 また、常盤貴子など関西出身の有名女優などファンも多く、ギャラリー兼アトリエでステンシルを習うなど有名人との交友も多数。
1998年 西陣に現在の京町家に夫人とともにギャラリーを発足。
マスコミに出演[3]。着物の誂えと同時に、京町家の保存活動に携わるようになる。
2012年、NHK『美の壷』に出演[4]。
代表作
尾形光琳の『紅梅図屏風』の制作当初の柄(光琳が制作当初は金粉をまぶしたといわれる川の流れなど)を、 紙でなく着物というシルクの立体物に忠実に再現してみせた構想力と発想とその技量を内外で高く評価される。
この作品が「琳派模様を忠実に再現できる京都西陣の誂え職人」として関係者の間で評判となり、2015年には、京都祇園祭を代表する人気の山のひとつ『蟷螂山保存会』より、京都市が進める琳派400年記念祭とのコラボ商品のための琳派模様の制作を依頼される。
主な受賞作品
脚注・出典
参考
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外部リンク
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