中島義一とは? わかりやすく解説

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中島義一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/08/03 09:09 UTC 版)

中島 義一(なかじま ぎいち、1893年3月15日 - 1933年10月26日)は、日本の教育者

経歴

茨城県結城郡石下町(現常総市)生まれ。石下小学校で代用教員を務めた後、茨城師範学校広島高等師範学校を卒業。千葉師範附属小学校教師となり、手塚岸衛らと自由教育を実践した。のち兵庫県豊岡中学校教頭。41歳で死去した。

著書

  • 自由教育の諸問題 自由教育批評論判 東京宝文館 1924
  • 母への自由教育学 東京宝文館 1925 (自由教育パンフレット)
  • バベルの塔 こども倫理学 文教書院 1925 (こども哲学叢書)
  • プロメトイスの火 こども倫理学 文教書院 1927 (こども哲学双書)
  • 教師と母の為の哲学 教育のめあてとしての文化価値 文教書院 1929
  • 近代女子教育学 佐藤熊治郎共著 育英書院 1930.9
  • こども人生観スフィンクスの謎 こども哲学叢書 第7編 文教書院 1932
  • 教師と母の為の哲学 紫峰図書 2002.11 (中島義一著作集 2)
  • 林檎の味 こども認識論 紫峰図書 2003.1 (中島義一著作集 3)



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