フランソワ・ド・ラ・トレモイユとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > フランソワ・ド・ラ・トレモイユの意味・解説 

フランソワ・ド・ラ・トレモイユ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/27 14:44 UTC 版)

フランソワ2世・ド・ラ・トレモイユ
François II de La Trémoille
第36代トゥアール子爵
在位 1525年 - 1541年

出生 1505年
死去 1541年
配偶者 アンヌ・ド・ラヴァル
子女 一覧参照
家名 ラ・トレモイユ家
父親 シャルル・ド・ラ・トレモイユ
母親 ルイーズ・ド・コエティヴィ
テンプレートを表示

フランソワ(2世)・ド・ラ・トレモイユFrançois (II) de La Trémoille, vicomte de Thouars, 1505年 - 1541年)は、ヴァロワ朝時代フランスの貴族。第36代トゥアール子爵。

生涯

トゥアール子爵ルイ2世・ド・ラ・トレモイユの子息シャルル・ド・ラ・トレモイユ(1485年 - 1515年)と、妻ルイーズ・ド・コエティヴィの間の息子[1]。1515年マリニャーノの戦い英語版で父を、1525年パヴィアの戦いで祖父を亡くし、20歳でラ・トレモイユ家の家督を継いだ。トゥアール子爵の他、タルモン公、タイユブール伯、ギーヌ伯、ブノン英語版伯、クラン英語版ロワイヤン、シュリー、リル=ブシャール、ブランドワ、モレオン英語版、マルイユ、マラン、ロシュフォールサンテルミーヌ英語版及びドゥエの男爵であった。

1536年3月10日付のパリ高等法院の布告により、領地の1つロシュフォールを王領地に編入され、翌1537年10月31日にロシュフォール城の城代(シャトラン英語版)職を失った。国王の官吏たちはこの王領地編入を正当化する根拠として、1453年のカスティヨンの戦いに際してラ・トレモイユ家が王室から1万8000エキュの借入金を与えられたことを持ち出し、この件の負債の帳消しだと主張した。

子女

1521年1月23日、アンヌ・ド・ラヴァルと結婚[1]、間に8人の子をもうけた。

  • ルイ3世(1521年 - 1577年) - トゥアール子爵[1](のち公爵)
  • フランソワ(1555年没) - ブノン伯、モンタギュー男爵、 アンドレ・ド・フォワ英語版の寡婦フランソワーズ・デュ・ブーシェと結婚
  • シャルル(1551年没) - モレオン男爵及びマラン男爵、サン=ラン・ド・トゥアールフランス語版修道院長及びノートルダム・ド・シャンボンフランス語版修道院長
  • ジョルジュ(1584年没) - ロワイヤン及びオロンヌ男爵、パンティエーヴル公爵の妹マドレーヌ・ド・リュクサンブールと結婚
  • クロード(1556年没) - ノワールムティエ男爵、アントワネット・ド・マイエと結婚
  • ルイーズ(1569年没) - ロシュフォール女男爵、フィリップ・ド・レヴィ=ミルポワと結婚
  • ジャクリーヌ(1599年没) - マラン、サント=エルミーヌ、ブランドワ及びブレム=シュル=メール女男爵、サンセール伯爵ルイ4世・ド・ビュエイユ英語版と結婚
  • シャルロット - 修道女

脚注

  1. ^ a b c Bardet et al. 2000, p. 48.

参考文献

  • Bardet, Jean-Pierre; Dinet, Dominique; Poussou, Jean-Pierre et al., eds (2000) (French). Etat et société en France aux XVIIe et XVIIIe siècles. Presses de l'Universitie de Paris-Sorbonne 



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  フランソワ・ド・ラ・トレモイユのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フランソワ・ド・ラ・トレモイユ」の関連用語

1
36% |||||

2
34% |||||

3
16% |||||

フランソワ・ド・ラ・トレモイユのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フランソワ・ド・ラ・トレモイユのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのフランソワ・ド・ラ・トレモイユ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS