ヌツ・モヘレとは? わかりやすく解説

ヌツ・モヘレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/11 15:13 UTC 版)

ヌツ・モヘレ
Ntsu Mokhehle
1963年撮影
生年月日 1918年12月26日
出生地 英自治領バストランド(現 レソトベレア県テヤテヤネング
没年月日 (1999-01-06) 1999年1月6日(80歳没)
死没地 南アフリカ共和国フリーステイト州ブルームフォンテーン
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ヌツ・モヘレソト語: Ntsu Mokhehle1918年12月26日 - 1999年1月6日)は、レソト政治家

首相(第5・6代)、レソト民主会議議長(初代)を歴任した。

経歴

ベレア県テヤテヤネング出身。フォートヘア大学卒業後、教員を務める。その後、1952年バソト国民会議派を結成し、独立運動に参画する。1966年の独立以降、バソト会議党に名称を変え政権の主要メンバーとして活動する。1970年にクーデターで失脚し、1970年から1972年までは投獄され、1972年から1988年までは国外追放されていた。

1997年、首相在任時に党内の内紛から離党し新党・レソト民主会議を結成し議長に就任。全閣僚が移籍した。しかし病気のため、1998年5月に副首相のパカリタ・モシシリを後継者として引退。南アフリカ共和国ブルームフォンテーンで療養中に死去。


公職
先代
ハエ・フーフォロ英語版
(暫定首相)
レソト王国首相
第3代:1994 - 1998
次代
パカリタ・モシシリ
先代
エリアス・ラマエマ
(軍事評議会議長)
レソト王国首相
第2代:1993 - 1994
次代
ハエ・フーフォロ英語版
(暫定首相)
党職
先代
(結党)
レソト民主会議議長
初代:1997 - 1998
次代
パカリタ・モシシリ
先代
(結党)
バソト会議党議長
初代: 1952 - 1997
次代
ツェリソ・マクハクヘ




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