テルマーニー・エミルとは? わかりやすく解説

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テルマーニー・エミル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/30 06:48 UTC 版)

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この項目では、ハンガリー語圏の慣習に従い、名前を姓名順で表記していますが、印欧語族風にエミール・テルマニーと表記することもあります。
テルマーニー・エミル

テルマーニー・エミルTelmányi Emil[1], 1892年6月22日 - 1988年6月13日[2])は、ハンガリー出身のヴァイオリニスト

アラドの生まれ。ブダペスト音楽院でイェネー・フバイの薫陶を受け、1911年にベルリンでデビューを飾った。1918年にカール・ニールセンの娘婿となり、その翌年には指揮者としての活動も始めるようになった。1925年から翌年にかけてエーテボリ交響楽団の指揮者を務め、自前で室内オーケストラも組織した。1933年に離婚後は、ピアニストのアネッテ・ショアラーと再婚している。1940年から1969年までオルフス音楽院の教授を務めた。

テルマーニーは、バロック音楽の演奏法の研究にも熱心で、デンマークの楽器職人とVEGA弓を開発し、その弓を使って1954年にバッハの無伴奏ヴァイオリン作品を録音している。

コペンハーゲン近郊のホルテにて没。

脚註




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