テリーフェンウィックとは? わかりやすく解説

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テリー・フェンウィック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/18 05:24 UTC 版)

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テリー・フェンウィック
1986 FIFAワールドカップにて、ディエゴ・マラドーナと競り合うフェンウィック
名前
本名 テレンス・ウィリアム・フェンウィック
Terence William Fenwick
愛称 Terry
ラテン文字 Terry Fenwick
基本情報
国籍 イングランド
生年月日 (1959-11-17) 1959年11月17日(62歳)
出身地 シーハム
身長 181cm
選手情報
ポジション DF(CB,FB)
ユース
-1976 クリスタル・パレス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1976-1980 クリスタル・パレス 70 (0)
1980-1987 QPR 256 (33)
1987-1993 トッテナム 93 (9)
1990-1991 レスター (loan) 8 (1)
1993-1995 スウィンドン 28 (0)
通算 455 (42)
代表歴2
1980-1982  イングランド U-21 11 (0)
1984-1988 イングランド 20 (0)
監督歴
1995-1998 ポーツマス
2001-2003 サン・フアン・ジャブロテ
2003 ノーサンプトン
2004-2005 アシュフォード
2005-2009 サン・フアン・ジャブロテ
2009-2011 サン・フアン・ジャブロテ
2013-2014 セントラル
2014 ヴィゼ
2020-2021 トリニダード・トバゴ
1. 国内リーグ戦に限る。2022年3月18日現在。
2. 2022年3月18日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

テレンス・ウィリアム・"テリー"・フェンウィックTerence William "Terry" Fenwick, 1959年11月17日 - )は、イングランドカウンティ・ダラム・シーハム出身の元サッカー選手。元イングランド代表。ポジションはDF

クラブ経歴

クリスタル・パレスFCのユースチーム出身。1976-1977シーズンと1977-78シーズンのFAユースカップ連覇の立役者であり、1-0で勝利したそれぞれの決勝で、それぞれ唯一のゴールを決めた。1978-79シーズンにチームが1部リーグに昇格した時期にはトップチームに定着。クリスタル・パレスでは70試合のリーグ戦に出場した。

1980年12月にテリー・ヴェナブルズの率いるクイーンズ・パーク・レンジャーズFCへ11万ポンドで移籍。クリスタル・パレス時代の指揮官の下へ移った。1981-82シーズン、FAカップの決勝に進出し、トッテナム・ホットスパーFC相手に同点ゴールを決めたが、再戦の末に敗退。準優勝に終わった。QPRではリーグ256試合に出場して33ゴールを挙げた。

1987年12月、トッテナム・ホットスパーへと移籍。移籍金は55万ポンド。またしてもヴェナブルズの下でプレーすることになった。トッテナムではリーグ93試合に出場し、9ゴールを挙げた。1990-91シーズンにレスター・シティFCへレンタル移籍したが、怪我により途中で打ち切られると、トッテナム復帰後も、怪我によりそのシーズンのFAカップ決勝での優勝メンバーから外れた。

1993年、新たにプレミアリーグへと昇格を果たしたスウィンドン・タウンFCへと加入した。28試合に出場したが、チームは1年で降格。その翌シーズンは出場機会がほぼ無く、退団。そのまま現役を引退した。

代表経歴

1984年にイングランド代表に初選出。1986 FIFAワールドカップの代表メンバーにも選ばれると、4試合に出場した。準々決勝のアルゼンチン代表戦ではディエゴ・マラドーナに抜かれ、「世紀のゴール」を喫した。

代表では通算20キャップを記録した。

監督経歴

1995年にポーツマスFCの監督に就任し、指導者に転向した。1996-97シーズンにチームを2部リーグ7位に導いたが、その翌シーズンは最下位に低迷し、1998年1月に解任。その後、テリー・ヴェナブルズが率いていた古巣クリスタル・パレスFCでアシスタントコーチに就いた。

2001年からはTTプロリーグのサン・フアン・ジャブロテFCを指揮。以降、2011年まで断続的にチームを指揮し、4度のリーグ優勝へ導いた。

2014年にプロキシマス・リーグロワイヤル・セルクル・スポルティフ・ヴィゼの監督に就任したが、10月にクラブが破産した。

2020年1月からはトリニダード・トバゴ代表を指揮する予定だったが、 新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受け、2021年1月まで1試合も指揮出来なかった。6月に契約解除された。

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