ズラブ・アバシゼ (外交官)とは? わかりやすく解説

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ズラブ・アバシゼ (外交官)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/23 15:25 UTC 版)

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ズラブ・アバシゼ
ზურაბ აბაშიძე
ロシア駐箚ジョージア特命全権大使ドイツ語版
任期
2000年7月 – 2004年2月
大統領
前任者 マルハズ・カカバゼ
後任者 コンスタンティネ・ケムラリア
個人情報
生誕 ზურაბ ირაკლის ძე აბაშიძე
(1951-06-11) 1951年6月11日(69歳)
トビリシジョージア
出身校 モスクワ外国語大学
職業

ズラブ・イラクリス・ゼ・アバシゼグルジア語: ზურაბ ირაკლის ძე აბაშიძეグルジア語ラテン翻字: Zurab Iraklis dze Abashidze1951年6月11日 – )は、ジョージア外交官言語学者政治学者

生涯

1951年にトビリシで誕生。1973年にモスクワ外国語大学を卒業。外務省に入省し、1974年から1978年まで一等書記官として勤務。続いて駐ボンベイ領事官補(1978年–1980年)、外務省局長(1980年–1984年)、駐スペイン大使館参事官(1984年–1988年)を歴任。1988年から1993年までジョージア海外友好協会会長。その後、駐ベネルクス諸国特命全権大使(1993年–2000年)、EUおよびNATOジョージア代表部代表(1993年–2000年)、ジョージア外務副大臣(2000年)駐ロシア特命全権大使(2000年–2004年)を歴任。2012年から首相特使(対ロシア関係担当)[1]

アバシゼはスペイン学英語版政治学に関する学術論文を発表している。スペイン学の博士論文審査に合格(1983年)。政治学博士(2001年)。2000年に著書「NATOとジョージア:ユートピアから現実へ」を発表。1976年から1990年までソビエト連邦共産党に所属した[1]

著書

  • 冷戦は、過去か現在か?. トビリシ. (2009). ISBN 978-99928-20-36-0 
  • NATOとジョージア:ユートピアから現実へ. トビリシ. (2000) 

参考文献

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