ステファン・マリノヴィッチとは? わかりやすく解説

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ステファン・マリノヴィッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/15 01:53 UTC 版)

ステファン・マリノヴィッチ
名前
本名 ステファン・トーン・マリノヴィッチ
Stefan Tone Marinović
ラテン文字 Stefan Marinović
基本情報
国籍 ニュージーランド
クロアチア
生年月日 (1991-10-07) 1991年10月7日(31歳)
出身地 オークランド
身長 191cm
選手情報
在籍チーム ハポエル・テルアビブFC
ポジション GK
背番号 1
ユース
0000-2009 ワイタケレ・ユナイテッド
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2012 SVヴェーエンII 36 (0)
2009-2012 SVヴェーエン 2 (0)
2013 イスマニン 1 (0)
2013-2014 1860ミュンヘンII 1 (0)
2014-2017 ウンターハヒンク 70 (0)
2017-2018 バンクーバー 32 (0)
2019 ブリストル・シティ 1 (0)
2019-2021 ウェリントン 33 (0)
2021-2022 ハポエル・ノフ・ハガリル 28 (0)
2022- ハポエル・テルアビブ 5 (0)
代表歴2
2011 ニュージーランドU-20 7 (0)
2015- ニュージーランド 29 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年6月1日現在。
2. 2022年3月31日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ステファン・トーン・マリノヴィッチニュージーランドオークランド出身のサッカー選手。ポジションはGK。ハポエル・テルアビブFCに所属している。ニュージーランド代表

経歴

オークランドにあるキングス・カレッジに通学していた。非凡な才能を見せ、2005年の15歳以下の大会で優勝、2008年にはニュージーランドU-19代表に帯同した。さらにエヴァートンFCFCチューリッヒシャルケ04などのトライアル試験に参加するが、これはどれも入団までこぎつけることはできなかった。直後に、ブンデスリーガに所属するSVヴェーエンと契約を結ぶ。

2013年にFCイスマニンに、さらに古豪1860ミュンヘンのセカンドチームに所属したが、出場機会を得ることはほとんどなかった。

2014年、SpVggウンターハヒンクに移籍しブレイクする。2017年6月21日に、メジャーリーグサッカーに所属するバンクーバー・ホワイトキャップスに移籍した。2018年2月11日のパシフィック・リム・カップでは決勝戦で北海道コンサドーレ札幌と対戦し、前半のみに出場した。チームは後半に都倉賢の決勝点により優勝を逃した。

代表経歴

2015年3月8日に韓国代表との親善試合でA代表に初招集された[1]。同年3月31日に代表デビューを果たし、李在成のPKを止めるなどの活躍を見せた[2]

2017年10月6日の日本代表との親善試合で来日し、先発で出場。好セーブを見せるも、試合終了直前に倉田秋の勝ち越しゴールを許しチームは2-1で惜敗した[3]

脚注




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