ジョン・パトリック (バスケットボール)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/18 02:47 UTC 版)
![]() |
この存命人物の記事には検証可能な出典が不足しています。(2024年6月)
|
![]() |
|
MHPリーゼン・ルートヴィヒスブルク HC | |
---|---|
役職 | ヘッドコーチ |
所属リーグ | B.LEAGUE |
基本情報 | |
国籍 | ![]() |
生年月日 | 1968年2月29日(56歳) |
身長(現役時) | 193cm (6 ft 4 in) |
キャリア情報 | |
高校 | シドウェル・フレンズ・スクール |
大学 | スタンフォード大学 |
指導者期間 | 1999年–現在 |
ジョン・パトリック(John Patrick、1968年2月29日 - )は、アメリカ合衆国のプロバスケットボール指導者、元バスケットボール選手である。
来歴
シドウェル・フレンズ・スクールからスタンフォード大学に進み、卒業後の1991年に近畿大学に留学し、1992年にジャパンエナジーに入社[1]。本来はポイントガードだったが、チーム事情のためフォワードにコンバートされ、通訳とアシスタントコーチを兼任し、当時のオン・ザ・コートは1枠に制限されていたため目立った活躍はなかった。その間、NBA、ゴールデンステート・ウォリアーズのトライアウトも受けていた。[要出典]
その後、丸紅に移籍して2シーズンプレーし、1998-99シーズンに1試合平均22.4点を記録し、日本リーグ2部得点王となった。[要出典]
1999年からはボッシュ(旧ゼクセル)のコーチを務めたが、2002年に廃部。
2003年から2005年まではドイツProAのBCゲッティンゲンでヘッドコーチを務める。
2005-06シーズンはトヨタ自動車のヘッドコーチを務め、スーパーリーグ優勝に導くとともに コーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞した。[要出典]
2006年以降はドイツに戻り、BCゲッティンゲン、エスオリバー・バスケッツ、MHPリーゼン・ルートヴィヒスブルクのヘッドコーチを歴任し、 コーチ・オブ・ザ・イヤーを5度受賞した。[要出典]
2022年、千葉ジェッツのヘッドコーチに就任[2]。2024年5月31日、退任が発表され[3]、6月13日にはルートヴィヒスブルクのヘッドコーチに2年契約で就任すると発表された[4]。
家族
息子のヨハネス・パトリックとヤコブ・パトリックもバスケットボール選手である。
脚注
- ^ ““日本語ペラペラ”の千葉ジェッツ新指揮官 J・パトリックの知られざる経歴と縁”. Sportsnavi. (2022年7月7日) 2022年12月29日閲覧。
- ^ “千葉ジェッツの新ヘッドコーチにジョン・パトリックが就任「エネルギーに溢れたプレーを魅せたい」”. バスケット・カウント. (2022-07-06-) 2022年12月29日閲覧。
- ^ “2023-24シーズン ジョン・パトリックHC契約満了のお知らせ”. 千葉ジェッツふなばし. 2024年5月31日閲覧。
- ^ “John Patrick signs a two-year contract to reunite with Ludwigsburg”. eurohoops.net. 2024年6月13日閲覧。
外部リンク
- ジョン・パトリック - 千葉ジェッツふなばし
- ジョン・パトリック_(バスケットボール)のページへのリンク