ジェイソン・マキシエル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/12 14:25 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動
![]() デトロイト・ピストンズでのマキシエル (2008年) | |
引退 | |
---|---|
ポジション(現役時) | PF |
背番号(現役時) | 54 |
身長(現役時) | 201cm (6 ft 7 in) |
体重(現役時) | 118kg (260 lb) |
ウィングスパン(現役時) | 221cm (7 ft 3 in)[1] |
シューズ | ナイキ |
基本情報 | |
本名 | Jason Dior Maxiell |
愛称 | "Baby Ben"、"J-MAX" |
ラテン文字 | Jason Maxiell |
誕生日 | 1983年2月18日(38歳) |
国 |
![]() |
出身地 | イリノイ州シカゴ |
出身 | シンシナティ大学 |
ドラフト | 2005年 26位 |
選手経歴 | |
2005-2013 2013-2014 2014-2015 2015-2016 2016-2017 |
デトロイト・ピストンズ オーランド・マジック シャーロット・ホーネッツ ![]() ![]() |
Stats ![]() | |
Stats ![]() | |
ジェイソン・マキシエル(Jason Dior Maxiell, 1983年2月18日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身のプロ元バスケットボール選手。NBAのデトロイト・ピストンズなどで活躍した。身長201cm、体重118kg。ポジションはパワーフォワード。2005年のNBAドラフトで、シンシナティ大学からデトロイト・ピストンズに1巡目26位で指名された。ピストンズ所属時、元チームメイトであるベン・ウォーレスと比較されることが多いためBaby Benと呼ばれる。
大学時代
テキサス州キャロルトンにあるニューマンスクール高校卒業後、シンシナティ大学に入学。201cmとフォワードの割に身長が低かったが、ボブ・ハギンスコーチの指導を受け運動能力の高さを武器にハンデを克服した。3年間のポストシーズンでの平均得点は17.3で、FG成功率は.607である。4回生の時に1試合平均2.8ブロックを記録し、オールカンファレンスUSAセカンドチームに選出された。大学の通算ブロック数は252に上り、これはシンシナティ大学の通算記録歴代2位の成績である。 また、通算得点は1,566得点で、カンファレンスUSA史上13位という記録である。
NBA
デトロイト・ピストンズ
2005年のNBAドラフトでデトロイト・ピストンズより1巡目26位指名で入団した。初年度は26試合の出場に留まったが、その後年々出場時間を伸ばし3年目の2007-08シーズンには全82試合に出場。主にベンチスタートだったが、アントニオ・マクダイスのバックアッパーとして活躍し、特にディフェンス面では1.1ブロックと限られた出場時間の中で存在感をアピールした。その後、出場機会が伸びない時期があったが、2011-12シーズンにピストンズのヘッドコーチに就任したローレンス・フランクの方針により、先発に抜擢され、2012-13シーズンではキャリア最多の71試合に先発出場した。
オーランド・マジック
2012-13シーズン後、FAとなり、オーランド・マジックに移籍した。
中国へ
2015年8月9日、天津ゴールデンライオンズと契約した[2]。
プレイスタイル
身長は201cm(実際にはもっと低いと言われている)でインサイドプレーヤーとしては小柄であるが、幅のある体格とそれに見合わぬ運動能力を武器に、ダンクシュートやブロック等、非常に派手なプレーを攻守でできる純粋なパワーフォワードである。しかし、ゴール下以外での器用さに欠けており、ジャンプシュートやフリースローは今のところ彼の専門外である。
脚注
- ^ “Top 15 Most Impressive Wingspans In NBA History”. thesportster.com (2014年11月5日). 2017年10月22日閲覧。
- ^ Jason Maxiell Signs With Tianjin Steel Of China
外部リンク
- ジェイソン・マキシエル --- 略歴と生涯成績 --- NBA (英語),Basketball-Reference (英語)
固有名詞の分類
- ジェイソン・マキシエルのページへのリンク