ギュリズ・オーロフスダッタ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/26 08:18 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動ギュリズ・オーロフスダッタ Gyrid Olavsdatter |
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デンマーク王妃 | |
在位 | 958年? – 986/7年? |
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配偶者 | デンマーク王ハーラル1世 |
子女 | スヴェン1世 タイア(スュリ) |
家名 | マンショ家 |
父親 | スウェーデン王オーロフ(2世) |
母親 | インゲボー |
ギュリズ・オーロフスダッタ(デンマーク語:Gyrid Olavsdatter, 10世紀)は、デンマーク王ハーラル1世の王妃。
生涯
サガにおいて、ギュリズはスウェーデン王オーロフ(2世)(エリク6世の弟)と妃インゲボーとの間の娘とされている。
サガによると、ギュリズの兄弟スティルビョルンがギュリズとハーラル1世との結婚をまとめるためギュリズをデンマークに連れて行ったという。スティルビョルンはハーラル1世の娘タイアと結婚した。
ハーラル1世の死(986/7年)の後のギュリズについては、記録に残されていないため不明である。
ギュリズはハーラル1世の2人の妃のうちの一人であったともみられている(もう一人の妃の名はトーラまたはトーヴェとされている)[1][2]。
子女
- スヴェン1世(960年 - 1014年) - デンマーク王
- タイア(スュリ、en) - 1.スティルビョルンと結婚、2.ヴェンドランド王ブリスラヴと結婚、3.ノルウェー王オーラヴ1世と結婚。最初の結婚により、デンマーク王スヴェン2世およびイングランド王ハロルド2世の曽祖母となった。
脚注
- ^ Arrild Huitfeld: "Danmarckis Rigis Krønicke - Den første Tomus eller Part", 1652, p. 51 (in Folio-edition) (p. 104 in the original edition from 1603)
- ^ Jacobus Langebek: "Scriptores rerum Danicarum Mediiævi", I, 1772, p. 29
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