生野山古墳群 生野山古墳群の概要

生野山古墳群

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/12/29 03:34 UTC 版)

本庄市と美里町にまたがる東西2.5キロ、南保期1.5キロの細長い生野山丘陵に、5世紀前半から7世紀にかけて築造された。

1960年(昭和33年)からゴルフ場建設に伴い調査が始められ、昭和47年には保存不可能な円墳14基が発掘された。

主な古墳

  • 生野山将軍塚古墳
    直径60メートル、高さ7メートルの円墳。墳頂に粘土槨、墳裾に箱式石棺が造られていた。粘土槨から鉄片、石棺から鉄剣、有肩鉄斧、鉄製鎌出土。5世紀中頃の築造。
  • 生野山銚子塚古墳
    墳頂58メートルの前方後円墳で、前方部を西に向けている。6世紀前半の築造。
  • 物見塚古墳
    直径42メートル、長さ11メートルの造り出しのある円墳。墳頂に標高139.1メートルの三角点が設置されている。5世紀前半の築造。

参考文献

  • 塩野博 『埼玉の古墳 児玉』pp80-100 さきたま出版会、2004年

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