富士メガネ エピソード

富士メガネ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/14 22:50 UTC 版)

エピソード

松下幸之助
1964年(昭和39年) 、松下幸之助のメガネがいつも下がっていたので、創業者の金井武雄は面識がないにもかかわらず手紙を送付しメガネを直したいと申し入れる。翌年5月に幸之助は札幌の店舗を訪れた[6]。メガネに対する深い思いを感じた幸之助から「世界一のメガネ屋さん」[7]と評された。
司馬遼太郎
1978年(昭和53年)、北海道札幌に滞在中の司馬遼太郎がメガネを置き忘れたために、富士メガネグランドホテル前店でメガネをあつらえた。その時の感想を『街道を行く』の中でこう評している。

「めがね屋というよりも、めがねに関する技術者の組織という感じがした。」[8]

「検査部門は全部マスターしているという透き通った信頼感を感じました。」[9]

麻生太郎
2007年(平成19年)麻生太郎が、外交フォーラム・イン・京都にて、「麻生外務大臣と語る120分-日本外交の新機軸」という講演の中で、富士メガネの金井昭雄の社会貢献活動に言及している。

「海外で、無償でメガネをあつらえる活動をされている、眼鏡屋の会長さんと社員の皆さん。各地で感謝されています。「うれし涙とともに記憶される日本人でありたい」そんな精神で「自由と繁栄の弧」づくりに向かってまいります。」[10]

オプトメトリストドクター

富士メガネには3名の 「ドクター・オブ・オプトメトリー」が所属している。

金井昭雄
金井宏将
金井邦容

CMに出演した有名人


  1. ^ 『富士メガネ創業60周年記念誌』、50ページ
  2. ^ 『富士メガネ創業60周年記念誌』、54ページ
  3. ^ a b 『富士メガネ創業60周年記念誌』、52ページ
  4. ^ 『富士メガネ創業60周年記念誌』、60-63ページ
  5. ^ 国連UNHCR協会活動報告2014
  6. ^ エピソード 松下幸之助氏”. 富士メガネ. 2022年11月12日閲覧。
  7. ^ 松下幸之助著『縁、この不思議なるもの—人生で出会った人々』(PHP文庫)より
  8. ^ 『街道をゆく (15)北海道の諸道』(朝日文芸文庫)より
  9. ^ 『街道をゆく 夜話』(朝日文芸文庫)より
  10. ^ 「外交フォーラム イン 京都 −麻生外務大臣と語る120分−日本外交の新機軸(概要)」より


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