多世界解釈 高次の理論への適用

多世界解釈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/21 07:51 UTC 版)

高次の理論への適用

量子力学を拡張した場の量子論においても多世界解釈は同様に成立する[23]。まだ未完成であるが量子重力理論に対しても多世界解釈が用いられている。ショーン・キャロル(en)は、量子重力の問題に取り組んでいる多くの物理学者は意識していないが暗黙のうちに多世界理論を使っていると述べている[24]スティーブン・シェンカー英語版は「私の知っているひも理論や量子宇宙論の研究者は大抵、エヴェレット式の考えに沿って思考している」と語った[9]。 2011年に野村泰紀、ラファエル・ブッソ、レオナルド・サスキンドは、宇宙論的なマルチバースと、量子力学の多世界は同等なものであり、同じ現象の別の側面だという説を発表した[25][26]

批判

清水明は、多世界解釈や無矛盾歴史解釈では干渉項が消えることが大前提になっているが、デコヒーレンスでは干渉項が完全に消えることを示せていない大問題が残っていると指摘している[16]

多世界解釈に対するよくある批判は、世界の分岐についてであり、観測できない多数の世界を考えること自体が論理の無駄だというものである。その立場からすると、無数の世界が存在することは「存在論的な浪費」[27]であり、多世界解釈による状態の収縮の排除は、それに見合うものではない[28]

宇宙論研究者のジョージ・エリスとジョセフ・シルクは、量子力学の多世界理論はマルチバースひも理論と同様に反証可能性がないとし、ヒルベルトの「無限は数学において必須であるが、物質的世界にはあり得ない」という警鐘を引用している[29]。一方でデイヴィッド・ドイッチュは、多世界解釈を実験的に検証できると主張している[30]

量子ベイズ主義を支持する物理学者のクリストファー・フックスによれば、多世界解釈は完全に無内容であり、世界の仕組みに関する洞察が得られないと言う。フックスは、見られることで宇宙が変化するのは、新世界が創造されているからではなく、観察には周囲の環境との相互作用が必要だからだと主張する[31]

重力による波束収縮説(en)を提唱するロジャー・ペンローズは、多世界という説が重力を考慮せず、単純すぎる量子力学の解釈に基づいているため、欠陥があると主張する。ペンローズは「重力が絡むと規則が変わる。重力は現実を固定するので、どんな出来事であろうと一つの結末のみ可能だ」と述べる[32][31]。電子と原子と分子などは極めて小さいが故に、その重力、つまり重複した状態を維持するのに必要となるエネルギー量は、ほぼ無視できる。標準的量子論にあるように、永遠にその状態を維持する事ができる。一方、大きな物体の場合は、大きな重力場が形成されることが原因で重複状態は一瞬で消えてしまうとペンローズは解説する [33]

類似の解釈

  • 無矛盾歴史解釈("一貫した歴史"解釈)は、状態の収縮を否定し、観測者が存在しない場合にも適用できるという点で多世界解釈に似ているが、実現するのは1つの世界だけである[34][35]
  • 多精神解釈英語版はエヴェレットの相対状態形式に対して多世界解釈とは異なる解釈をしたもので、物心二元論をとり、心が無限分割すると考える[36]

  1. ^ 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p1,p17
  2. ^ 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p28
  3. ^ 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p2,p28
  4. ^ 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p21
  5. ^ a b ショーン・キャロル『量子力学の奥深くに隠されているもの』2020年、p287-288、p212-214、p130-131
  6. ^ コリン・ブルース(訳&注:和田純夫)『量子力学の解釈問題』2008年、p173
  7. ^ ショーン・キャロル『量子力学の奥深くに隠されているもの』2020年、p140
  8. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p176
  9. ^ a b c P. バーン「エヴェレットの多世界」日経サイエンス2008年4月号
  10. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p189
  11. ^ ショーン・キャロル『量子力学の奥深くに隠されているもの』2020年、p154
  12. ^ a b c Rev. Mod. Phys. 29, 454–462"Relative State" Formulation of Quantum Mechanics Hugh Everett, III
  13. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p199
  14. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p345,p355
  15. ^ a b 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p19
  16. ^ a b c 量子測定の原理とその問題点」清水明/数理科学NO.469,JULY 2002
  17. ^ a b Modern Theory of Quantum Measurement and its Applications清水明/東京大学大学院
  18. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p345
  19. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p327
  20. ^ Wallace, David (2012). The Emergent Multiverse: Quantum Theory according to the Everett Interpretation. OUP Oxford; Illustrated edition. p. 27, 423 
  21. ^ a b アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』2021年、p363
  22. ^ コリン・ブルース(訳&注:和田純夫)『量子力学の解釈問題』2008年
  23. ^ アダム・ベッカー『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』筑摩書房、2021年、p403
  24. ^ ショーン・キャロル『量子力学の奥深くに隠されているもの』2020年、p376 (キャロルは出典中で一貫して解釈ではなく理論と呼んでいる。p409参照。)
  25. ^ 野村泰紀『マルチバース宇宙論入門 私たちはなぜ〈この宇宙〉にいるのか』星海社、2017年、5章
  26. ^ Are Many Worlds and the Multiverse the Same Idea? Discover Magazine May 27, 2011
  27. ^ コリン・ブルース『量子力学の解釈問題』2008年、p182
  28. ^ 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p169,p173
  29. ^ Scientific method: Defend the integrity of physics Ellis, George/Silk Joe Nature.com (December 2014)
  30. ^ 『量子という謎 量子力学の哲学入門』2012年、p137
  31. ^ a b [1] Corey S. Powell NBC News October 2019
  32. ^ Too many worlds Aeon.co (February 2015)
  33. ^ If an Electron Can Be in Two Places at Once, Why Can't You? Discover Magazine (June 2005)
  34. ^ 和田純夫『量子力学の解釈問題 多世界解釈を中心として』サイエンス社、2020年、p172,p179
  35. ^ コリン・ブルース(訳&注:和田純夫)『量子力学の解釈問題』2008年、p232
  36. ^ 森田『量子力学の哲学』2011年、p178


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