サッカーカナダ代表
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歴史
カナダサッカー協会の前身となるドミニオンフットボールアソシエーション(1877年創設)およびウェスタンフットボールアソシエーション(1880年創設)の元で、カナダではサッカーが始められた。カナダ代表として初めての国際試合は1885年に開催されている。3チームが参加した1904年セントルイス五輪ではアメリカ代表の2チームを破って優勝した。その後は国際大会に縁が無かったが、1977年にCONCACAFゴールドカップに初出場。1985 CONCACAF選手権で初優勝を遂げ、1986 FIFAワールドカップでW杯初出場を果たした。2000 CONCACAFゴールドカップではホルガー・オジェックが監督を務め、2度目の優勝を達成した。
かつてのカナダ代表は、イングランド代表として活躍したオーウェン・ハーグリーヴスや、オランダ代表でのプレーを選んだジョナサン・デ・グズマン、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表でのプレーを選んだアスミル・ベゴヴィッチ、モロッコ代表でのプレーを選んだヤシン・ブヌなど、カナダ出身であっても二重国籍などにより他国の代表を選ぶケースが多いなど人材の流出が著しく、代表チームの強化になってないという現状があった。しかし、2022 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海3次予選ではアルフォンソ・デイヴィス(バイエルン・ミュンヘン)やジョナサン・デイヴィッド(リール)、サイル・ラリン(マジョルカ)など欧州主要リーグでプレーするカナダ人選手も増えつつあり、彼らの活躍により予選1位となり36年ぶり2度目となる本大会出場を決めた。
大会直前の強化試合では日本代表と対戦して逆転勝利するも[1]、グループリーグ初戦ではベルギー代表に0-1で敗北した[2]。続く2戦目のクロアチア代表戦では、試合開始直後にデイヴィスがヘディングでゴールを決めてW杯初ゴールを記録したものの1-4で逆転負けを喫し、これによりカナダのグループリーグ敗退が決まった[3]。最終節のモロッコ代表戦でも1-2で敗れたため、36年ぶりのW杯でも結局勝ち点を獲得することができず、カタールを去って行った[4]。
2023年10月13日、デンカビッグスワンスタジアム(新潟)にて行われたMIZUHO BLUE DREAM MATCH 2023にて2022年11月に開催されたカタールW杯前最後の強化試合で逆転勝利した日本との再戦に挑んだ。試合開始2分で田中碧に先制ゴールを決められるが、前半19分にアルフォンソ・デイビスが大迫敬介と交錯したシーンをVAR判定によりPKを獲得した。しかし、このPKをジョナサン・デイヴィッドが放ったシュートは大迫敬介に止められて同点に追いつくことはできず、前半40分にはデイビスがクリアを試みたボールがミラン・ボージャンに当たり、不運な形で追加点を与えてしまう。直後に中村敬斗にもゴールを決められて前半だけで3点を失い、49分にも田中碧にこの試合2点目となる4点目を奪われる。試合終盤の89分にジュニオール・ホイレットのゴールで1点を返すもこれ以上は得点を奪えず1-4で敗戦。2022年11月のW杯前最後の強化試合の雪辱を果たされる結果となってしまった[5][6]。
- ^ “サッカー日本代表、カナダとのW杯前最後の強化試合は劇的敗戦…最終盤のPKで逆転許す”. Goal.com (2022年11月18日). 2022年12月9日閲覧。
- ^ “ベルギーが白星スタート!バチュアイ弾&クルトワPKストップでカナダに勝ち点譲らず”. Goal.com (2022年11月24日). 2022年12月9日閲覧。
- ^ “カナダがW杯初ゴールで先制も…前回準優勝のクロアチアが逆転で今大会初勝利!”. Goal.com (2022年11月28日). 2022年12月9日閲覧。
- ^ “首位通過モロッコが36年ぶり決勝T進出! 日本はスペインに勝利なら2位通過クロアチアとの対戦が濃厚に”. Goal.com (2022年12月2日). 2022年12月9日閲覧。
- ^ “日本代表、カナダに4発快勝!直近5試合連続4ゴール以上&計22得点と攻撃陣が大爆発”. Goal.com (2023年10月13日). 2023年10月17日閲覧。
- ^ “日本を強豪と高評価するカナダ指揮官、敗戦も一定の満足感「スコアは必ずしも我々のパフォーマンスを反映したものではない」”. Goal.com (2023年10月13日). 2023年10月18日閲覧。
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