越前堰
山を開削し通水した越前堰 | 疏水の概要 | |
■疏水の所在 岩手山南山麓の雫石町から始まり滝沢村、盛岡市までの地域(1332ha) ■所在地域の概要 人口52千人の全国一大きい村の滝沢村を中心地域とし、県都盛岡市、小岩井農場のある雫石町の一部を受益とし農業の発展とともに都市と自然の融和をたもつ地域である。 ■疏水の概要・特徴 越前堰は天正4年(1576年)帰農した綾織越前広信により私財を投じて岩手山の麓より水を引くために開削された堰で、村人とカを合わせ親子2代により34年間の歳月をかけ完成され、岩手県内で最も古い堰と言われている。 この難工事により滝沢村篠木、盛岡市土淵方面の6ケ村の荒れ地が新田開発され現在の米作りの礎となっている。 南部藩の移転当初から米どころであり、その後南部藩でも新田開発が進められた。 現在この地域は昭和35年の岩手山麓開拓事業により岩洞ダム用水を導入し更に開田が進んだ地域である。 |
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