調教助手時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 00:51 UTC 版)
引退後は、引退時に所属していた須貝尚介厩舎の調教助手に転身。須貝とは騎手時代から須貝の父である須貝彦三を通じて接点があった。 調教助手としては皐月賞、菊花賞、天皇賞(春)などを制したゴールドシップや白毛馬初のG1馬であるソダシなどを担当。なかでもゴールドシップはデビュー前に函館競馬場で調教を行った際にロデオ状態で振り回されたり、初重賞制覇となった共同通信杯直前の追い切り後に振り落とされて肩を脱臼したこともあった。ゴールドシップの鞍上が内田博幸、横山典弘などたびたび入れ替わったのに対してデビューから引退まで一貫して調教を担当していたことから、競馬ラボでは「(ゴールドシップの)良し悪しを知り尽くしている」、サンケイスポーツでは「芦毛の怪物の背中を最も知る男」などと形容された。北村自身は現役騎手としてゴールドシップに乗れなかったことを悔いとして挙げており、もし乗ったら大逃げの戦法を打っていただろうとサンケイスポーツの取材に答えている。競馬ラボの取材では、騎手時代に函館記念を獲らせたエリモハリアーは牝馬のような馬で、そういう意味でもゴールドシップはそれとは対照的な乗り味であることを述べている。 須貝厩舎が送り出したG1馬の1頭であるジャスタウェイは本来の担当馬ではないが、2013年の毎日王冠に向けた調教で騎乗したことがある。
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