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藤井隆 | |
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藤井隆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/02 18:43 UTC 版)
| 藤井隆 | |
|---|---|
| 本名 | 藤井隆 |
| 生年月日 | 1972年3月10日(39歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 173.8cm |
| 方言 | 大阪弁、共通語 |
| 最終学歴 | 大阪市立西商業高等学校 |
| 出身 | 吉本新喜劇プロジェクト |
| 芸風 | 喜劇ほか |
| 事務所 | よしもとクリエイティブ・エージェンシー |
| 活動時期 | 1993年 - |
| 同期 | 陣内智則 ケンドーコバヤシ たむらけんじなど |
| 現在の代表番組 | あらびき団 土曜はダメよ! |
| 過去の代表番組 | Matthew's Best Hit TV サルヂエ 藤井陣内のザ・レジェンド |
| 配偶者 | 乙葉 |
| 公式サイト | 公式プロフィール |
| 受賞歴 | |
| 第15回日本映画批評家大賞新人賞 | |
藤井 隆(ふじい たかし、1972年3月10日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、歌手、司会者。
大阪府豊中市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。血液型A型。身長173.8cm 。妻はタレントの乙葉。
目次 |
略歴
学生時代
豊中市立南丘小学校、豊中市立第九中学校、大阪市立西商業高等学校(現・大阪市立西高等学校)卒業。高校卒業後の数年間は化学薬品会社の経理課に勤務していた。
芸人デビュー
1992年、サラリーマンを続けながらYSP(吉本新喜劇プロジェクト)へ。同年、毎日放送の『テレビのツボ』でテレビデビューを果たし、これを機に仕事を吉本興業に一本化。
吉本興業の同期には海原やすよ・ともこ、ココリコ、大阪NSC11期生の中川家、陣内智則、たむらけんじ、ケンドーコバヤシ、烏川耕一、たいぞうらがいる。(NSC11期の芸人に関しては実際は彼らのほうが後輩である。陣内は当初藤井のことを先輩として接していたが現在では「隆」と呼び対等に接している)『テレビのツボ』では、NHK総合担当のチャンネル君(丸一日特定のチャンネルを視聴し、夜の生放送でその日のいちばんの見所を報告する役割)を務めた。天然パーマに繋がった眉毛という、インパクトの強い容姿が番組のファンにも親しまれていたが、当時のキャラクターはいたって普通の青年で、本格的に彼の個性が爆発するのは、番組終了後のことである。
一時期吉本新喜劇を退団し、オランダを放浪していたがその後帰国。帰国後吉本に挨拶に出向くと、なぜか何事も無かったかのように即仕事を入れられたため、復帰することとなった。新喜劇の全国展開が活発になってきた頃、中堅クラスの多くが遠征で不在のためベテラン数名と二線級以下のYSPメンバーばかりで演じなければならない時期があった。この期間、病院に緊急入院した内場勝則の同室の病人(島木譲二)と院長(チャーリー浜)がオカマというシナリオで、それまでゲジゲジ眉毛しかギャグがなかった藤井がオカマキャラを演じ観客に強烈なインパクトを与え、そのまま「オカマの藤井」として一気にブレイク。わずか一カ月ほどの間に中條健一らと番組の冒頭で番組紹介をするほどになる。
全国区タレントへ
- ブレイク後
- 1997年、レギュラー出演の『超!よしもと新喜劇』番組内でも演じたオカマキャラで全国区で再ブレイク。登場時の声援は凄まじく、「HOT!HOT!」のギャグをする時には観客から手拍子までも起きた。また同番組ではダウンタウンがゲスト出演した際に、松本人志の仕掛けにはまって浜田雅功とキスをするはめになった。これがきっかけでブレイクして以来、ダウンタウンの番組にも多数ゲスト出演。2001年には4年ぶりに復活した『ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル』に元々のレギュラーたちと並んで出演している。
- 毎日放送ラジオの人気番組『オレたちやってま〜す』でも活躍し、藤井は、林原めぐみと水曜日を担当。アシスタントには初代に原史奈を迎え、以後周防玲子・藤本綾・加藤明日美、さとう珠緒と順に交代している。この時に林原と親交を深め、後年、林原が雑誌『NEWTYPE』に連載していた対談コーナーの最終回に藤井が迎えられ、また藤井の結婚式にも林原が出席した逸話もある。
- マルチな才能でさらに活躍
- 2000年、浅倉大介のプロデュースによるシングル『ナンダカンダ』で歌手デビューし、同年「紅白歌合戦」(NHK)に初出場。司会者からは「お笑い芸人がポップスの世界に殴り込んだ」と紹介された。翌年もRe:Japanのメンバーとして2年連続出場(ウルフルズとコラボレーション)し、『明日があるさ』を熱唱した。歌手としては2004年上海、ロサンゼルスでワールドツアーをおこなった。
- 2005年4月2日から、関西テレビ制作のフジテレビ系列で毎週土曜日の朝8:30からの情報系番組『ベリーベリーサタデー!』(『いつでも笑みを!』の後番組)の司会を鈴木杏樹とともに務めていた(2007年3月で終了)。
結婚
2005年5月7日に、乙葉との婚約を発表。同9日に会見を開いた。
2005年7月29日に婚姻届提出、翌7月30日に都内のホテルで挙式・披露宴を行った。
2006年6月2日、映画『カーテンコール』(2005年11月公開)の演技で、第15回日本映画批評家大賞新人賞(南俊子賞)を受賞。
『超!よしもと新喜劇』以降、ブレイクのきっかけとなったNGKの舞台に定期的に立つことはなかったが、2009年4月5日より放送開始の『爆笑!ふれあいコメディ こちらかきくけ公園前』(朝日放送)で週1回ながらも約12年ぶりに復帰、その後継の番組(「全快はつらつコメディ お笑いドクター24時!!」、「ほっとけ!3人組」)にも引き続き出演している。
人物
芸人として
- 持ちギャグは「フォー!!」など。2001年ごろまではテレビでの登場の際、ほぼすべての出演番組で「HOT!HOT!」といいながら出演することが多かった。
- ハイテンションで明るく、ややオカマっぽい口調のキャラクターを常に演じている芸風。テレビ出演初期は、個性的で強烈なキャラと素の部分(後述 「普段の性格」参照)との落差を先輩に指摘されるというのもネタのひとつとしてあり、ブレイクのきっかけにもなった。ブレイクとともに芸風をスライドさせていったため、現在ハイテンションになることはめったにない。
- 現在は芸人として自身のネタを見せるというより、司会業に力を入れている。
- 好感度が高い人気タレントであり、深夜番組や土日の昼間時間帯での出演番組は好評を博するものもある反面、ゴールデンタイムのレギュラー出演番組は大抵が1年以内に終了してしまい、長続きしない事が続いている。視聴率不振で打ち切られた「ベリーベリーサタデー!」終了の翌月に開始された「キャプテン☆ドみの」でも進行役を務めていたが、こちらは1クールもたず、わずか3ヶ月で打ち切りになるなどMCとして災難が続いている状態である。ちなみにゴールデン番組レギュラー最長は「サルヂエ」の1年3ヶ月。
普段の性格
- 実際の性格は、テレビで見せるような(特に全国区タレントになった頃の)芸風とは、全く正反対で、非常に物静かで礼儀正しい。また、かなりの人見知りで、プライベートではスイッチが切れたように大人しくなる。ちなみに結婚するまでは、仲のいい友人はココリコの田中直樹、ロンブーの田村亮、YOU程度に限られていた。吉本新喜劇で共演していた未知やすえも乙葉との結婚発表時、普段の藤井は居るか居ないのか分からない程大人しく、聞き取れないほどの小声で喋っていたと語っている。
- 非常に几帳面な性格で、きれい好きで有名な今田耕司からも「家政婦みたいだ」と絶賛されるほどである。
- 先述の通り非常に礼儀正しく、また腰が低い性格で、取材でも記者との待ち合わせ時間に遅刻することがなく、相手の記者がたとえ5分でも早く来ていたときは「お待たせして申し訳ありませんでした」という。
趣味など
- 趣味は音楽鑑賞・プラモデル作り・移動などの待ち時間の読書。特に氷点シリーズを愛してやまない。*Perfumeの大ファンであり、妻の乙葉が妊娠している最中、胎教として同グループの歌を聞かせていた程である。Perfumeとは、2008年4月13日放送分の「MUSIC LOVERS」で初共演を果たした。
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