紙芝居の始祖説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/13 02:46 UTC 版)
昭和18年(1943年)岡山県紙芝居連盟により、正持がのぞきからくりを元に紙芝居を考案し、『皇朝画史』を紙芝居に仕立てて街頭で講釈し、尊皇攘夷思想を広めたとする説が報道された。この報道の根拠は不明だが、『皇朝画史』は各枚の内容が独立していて連続した物語となっておらず、仮に講釈が事実であっても絵解の域を出なかったと考えられる。 昭和33年(1958年)には紙芝居カエルの会により、正持が江戸から逃れた際、狂言師から狂言を習得し、舞台姿を絵に描き、木枠に嵌めて見せながら台詞を語る「画狂言」を行ったとの説が報道されたが、この説の典拠も明らかでない。
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