紀元前8世紀
紀元前710年代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 14:51 UTC 版)
紀元前719年 - 衛の公子州吁が兄の桓公を殺害し君主となる。州吁は鄭の公子共叔段と組み衛・宋・陳・蔡・魯と連合して、鄭の荘公を攻撃するが失敗し処刑される(東門の戦い(中国語版))。 紀元前717年アッシリア王サルゴン2世がカルフ(ニムルド)からドゥル・シャルキン(コルサバド遺跡)へ遷都。 アッシリア王サルゴン2世が新ヒッタイト系のカルケミシュ王国を征服する。 紀元前716年頃リュディアでヘラクレス家のカンダウレス王に代わり、メルムナス家のギュゲス (リュディア)(英語版)が王になる。 アッシリア王サルゴン2世の石碑にサバア王国の王イタァアマルの貢納の記録が残る。 紀元前716年 - ローマ王ロームルスが死去し、サビニ人ヌマ・ポンピリウスが第2代ローマ王に選出される。 紀元前714年 - アッシリア王サルゴン2世によりウラルトゥ王ルサ1世が大敗しムサシルが陥落するなと領土を奪われる。 紀元前713年 - アッシリア王サルゴン2世が新ヒッタイト系のタバル王国を制圧する。 紀元前712年頃 - ギリシア系メガラ人の植民市としてニコメディア(アスタコス(英語版))が建設される。 紀元前710年頃 - レラントス戦争によりハルキスとエレトリアがエウボイアの覇権をめぐり激突( - 紀元前650年頃)
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