第9、第10の哨戒 1943年9月 - 12月
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「ガジョン (SS-211)」の記事における「第9、第10の哨戒 1943年9月 - 12月」の解説
9月1日、ガジョンは9回目の哨戒でマリアナ諸島方面に向かった。9月16日、グアムアプラ港口を哨戒中のガジョンは、発見した赤城丸(日本郵船、7,366トン)級貨物船に対して3度にわたって魚雷を4本ずつ発射するが、命中しなかった。ロタ島沖に移動した翌9月17日にも、小型哨戒艇と浮上砲戦を交える。9月21日からはサイパン島周辺で哨戒を続け、サイパン島と日本本土との交通路を警戒した。9月27日夜、ガジョンは北緯15度12分 東経145度40分 / 北緯15.200度 東経145.667度 / 15.200; 145.667のサイパン島ガラパン沖で赤城丸級貨物船に対して魚雷を4本発射したが、回避される。翌9月28日14時22分、ガジョンは北緯15度17分 東経145度39分 / 北緯15.283度 東経145.650度 / 15.283; 145.650のサイパン島北方で3921船団を発見し、貨客船泰安丸(日本郵船、3,158トン)に向けて魚雷を4本発射、うち3本が命中してこれを撃沈した。翌9月29日には北緯15度37分 東経145度52分 / 北緯15.617度 東経145.867度 / 15.617; 145.867の地点で4926船団を発見して魚雷を4本発射し、特設運送艦山東丸(大連汽船、3,266トン)を撃破した。ガジョンはこの哨戒で魚雷を早く使い切った。10月6日、ガジョンは37日間の行動を終えてミッドウェー島に帰投した。 10月31日、ガジョンは10回目の哨戒で東シナ海に向かった。11月13日、北緯28度29分 東経129度29分 / 北緯28.483度 東経129.483度 / 28.483; 129.483の奄美大島北西海域で輸送船を発見し、最初の攻撃で魚雷を4本発射するも命中しなかった。二度目の攻撃で再び魚雷を4本発射し、これも命中しなかった。11月23日3時30分、ガジョンは北緯28度38分 東経122度05分 / 北緯28.633度 東経122.083度 / 28.633; 122.083の舟山群島小魚山島近海で南下するヒ21船団を発見。まず海防艦若宮に向けて魚雷を6本発射。1本が命中し若宮は2つに折れて轟沈。その様子は、「真珠湾攻撃で爆発を起こしたショー (USS Shaw, DD-373) のようであった」と記録されている。若宮を屠ったガジョンは、間髪入れず貨客船熱河丸(大阪商船、6,784トン)に魚雷を2本命中させ、さらにタンカー一洋丸(浅野物産、5,106トン)と海軍徴傭応急タンカー五洋丸(五洋商船、8,469トン)にも損傷を与えた。5時20分ごろに入り、熱河丸に対して魚雷を3本発射し、2本を命中させて撃沈した。11月27日には、北緯29度32分 東経140度28分 / 北緯29.533度 東経140.467度 / 29.533; 140.467の地点で2隻の輸送船と2隻の駆潜艇からなる輸送船団を発見し、浮上砲戦を行った。12月11日、ガジョンは41日間の行動を終えて真珠湾に帰投した。
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