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おうあんせき わう― 【王安石】

(1021-1086) 中国北宋政治家。字(あざな)は介甫(かいほ)、号は半山神宗のとき宰相となり、新法主唱政治改革断行したが、保守派反対により辞職文人学者としてもすぐれ、唐宋八大家一人詩文集「臨川集」など。


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王安石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/06/28 07:42 UTC 版)

王安石像

王 安石(おう あんせき、ピンイン:Wáng Ānshí 、天禧5年(1021年) - 元祐元年(1086年))は、北宋政治家詩人・文章家。字は介甫、号は半山。撫州臨川(江西省撫州市)の人。新法党のリーダー。神宗の政治顧問となり、制置三司条例司を設置して新法を実施し、政治改革に乗り出す。その政策は地主・豪商・皇族・官僚など特権階級の利害と衝突し、猛烈な反対を受けた。反対派の急先鋒が旧法党司馬光である。文章家としても有名で、仁宗上奏した「万言書」は名文として称えられ、唐宋八大家の一人に数えられる。また詩人としても有名である。儒教史上、新学(荊公新学)の創始者であり、『周礼』『詩経』『書経』に対する注釈書『三経新義』を作り、学官に立てた。


  1. ^ 例えば北宋末の方勺は「王直方は、王安石に『濃緑万枝紅一点、動人春色不須多』という句があるとする。陳正敏は『これは唐人の作であって王安石のものではない』とする」と指摘する(『泊宅編』巻1)。『全唐詩』巻796も『泊宅編』を引用した上で佚句として紹介する。なお、「一点紅」は石榴を指す。


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