歌舞伎の「稲瀬川」とは? わかりやすく解説

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歌舞伎の「稲瀬川」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 01:48 UTC 版)

稲瀬川 (神奈川県)」の記事における「歌舞伎の「稲瀬川」」の解説

江戸時代制作され歌舞伎作品では、同時代鎌倉時代に、江戸鎌倉読み替え作品が多い。二代目河竹新七黙阿弥)は、隅田川大川)を置き換える舞台として稲瀬川をしばしば登場させており、実際とは異な大きな川として描写された。 『青砥稿花紅彩画あおとぞうし はなの にしきえ)』(1862年初演通称白浪五人男」)は、江戸時代盗賊日本左衛門モデルとする「日本駄右衛門」ら「白浪五人男」を描く作品であるが、北条時頼の頃の鎌倉舞台設定されている。五人男が船で逃れるために「稲瀬川」の土手勢揃いし捕り手囲まれながら見得を切る場面が、見せ場の「稲瀬川勢揃いの場」であるが、舞台背景には対岸浅草待乳山聖天描かれており、明らかに隅田川分かるようになっている。 このほか黙阿弥作品では、『小袖曾我薊色縫』(1858年初演、別外題花街模様薊色縫』、通称十六夜清心」)に「稲瀬川百本の場」が、『八幡祭小望月賑』(1860年初演通称縮屋新助」)に「稲瀬川波除の場」がある。「百本」「波除」は、隅田川両国橋周辺川岸保護波除け)のために打ち込まれ多数百本」を表す。 黙阿弥作品以外では、『桜姫東文章』(1817年初演四代目鶴屋南北ほか作)に「稲瀬川の場」がある。

※この「歌舞伎の「稲瀬川」」の解説は、「稲瀬川 (神奈川県)」の解説の一部です。
「歌舞伎の「稲瀬川」」を含む「稲瀬川 (神奈川県)」の記事については、「稲瀬川 (神奈川県)」の概要を参照ください。

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