庭瀬金毘羅往来
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 14:57 UTC 版)
いわゆる鴨方往来を経由する道程で、市の開かれる商業地を多く経由することから、商売をしながら参拝を行う者が利用した。現在における旧吉備国(備前・備中・備後)域において「金毘羅往来」とした場合は、特にこの庭瀬金毘羅往来を指す。(ただし後述する吉備津金毘羅往来を含めて「庭瀬金毘羅往来」と称する事も多い。この2つの往来は共に岡山市北区の庭瀬および撫川を起点ないしは中継点とするルートであるため)上記した表町(旧仙阿弥橋)の一里塚から大元駅北側までは大元妹尾金毘羅往来と同一のルートを通るが、大元妹尾ルートで南下する交差点を曲がらずに直進し西方へ向かい北長瀬(岡山ドーム・北長瀬駅付近)を経由する。笹ヶ瀬川に突き当たるまで西行した後に同河川の土手を南下し白石橋で渡川。笹ヶ瀬川西側土手を南下して久米集会所付近より西行し山陽本線庭瀬東踏切を越えてさらに東へ。庭瀬駅北口前を越えた後に北折し庭瀬城および撫川城の北側を西行。應徳寺付近に庭瀬起点の道標があり、そこを南下する事で鴨方往来から分岐する。本往来の存在により岡山市北区中央町瓦橋交差点付近は庭瀬口の別名がある。現在は岡山市北区撫川に在する應徳寺の道標(鴨方往来との分岐点)を起点としている。
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