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太祖大王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/03/28 12:40 UTC 版)

太祖大王(たいそだいおう、47年 - 165年)は、高句麗の第6代の王(在位:53年 - 146年)。姓は高、は宮(きゅう、クン)、または於漱(おそう、オス)。大祖大王国祖王とも表記される。第2代瑠璃明王の孫であり、父は古鄒加(高句麗の官位のひとつ)の再思(さいし、チェサ)の子。先代の慕本王が53年11月に臣下の杜魯に殺害されたとき、慕本王の太子の翊(よく、イク)が不肖であったために、国人が宮を迎えて王位につけた。このときに王は7歳だったため、王母がしばらく摂政した。

魏書』高句麗伝には「朱蒙死,閭達代立。閭達死,子如栗代立。如栗死,子莫來代立。・・・莫來子孫相傳,至裔孫宮」とあり、この莫來を慕本王として、太祖大王の治世が長すぎる(93年間)こともあって、慕本王から太祖大王までの間に数代の欠落があったとする説もある。(→井上訳注1983 p.66)




  1. ^ 曷思は大武神王扶余を討滅した際(22年)に、扶余の帯素王の末弟が逃れて鴨緑谷で立てた国。
  2. ^ 第3代の大武神王の代にも、32年に楽浪国を降伏させ37年に楽浪国を滅ぼすが、44年に後漢の遠征により楽浪地域が後漢の版図に組み入れられたとされている。詳しくは「大武神王#治世」を参照


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