南北戦争との関わり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/11 16:03 UTC 版)
「ジェイ・クック」の記事における「南北戦争との関わり」の解説
南北戦争が勃発した当初、クックは財務長官サーモン・チェイスとともに北部の主要銀行からの融資を確保した。当時、20年満期ながら期限前(最低5年)に償還する権利を持つ「ファイブ・トゥエンティー・ボンド」と呼ばれる中期国債が1862年2月25日に議会で承認されて発行されたが、財務省はこの国債の販売に失敗していた。そこで、クックの会社(ジェイ・クック商会)はチェイスに5,000万ドルの国債の販売を契約し、成功した。 クックはアメリカのメディアへの影響力を使いながら2,500の代理店と契約し、すぐに1,100万ドル以上の国債を売りさばいた。これは議会が承認した額を超えていたが、議会はすぐに事後承認した。 同時に、クックはナショナル・バンク制度(National Banking Act)の設立にも影響を及ぼし、議会が承認するとすぐにワシントンD.C.とフィラデルフィアに設立した。 1865年の始め頃、政府は新たな30年満期・7年以降償還可能な国債の販売不振により財政的な危機に直面していた。クックは再びこれを保証し、代理人を地方の村落はおろか西部の孤立した鉱山街にまで送り込み、地方の新聞にはこの国債を賞賛させた。同年2月から7月までの間に、クックは3回に渡り国債を売りさばき、その売上は8,300万ドルに上った。これによって合衆国軍の軍備が調達され、終戦までの戦費をまかなうことができた。
※この「南北戦争との関わり」の解説は、「ジェイ・クック」の解説の一部です。
「南北戦争との関わり」を含む「ジェイ・クック」の記事については、「ジェイ・クック」の概要を参照ください。
- 南北戦争との関わりのページへのリンク