パレスチナの世界遺産
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パレスチナの世界遺産(パレスチナのせかいいさん)について述べる。パレスチナ国はユネスコの世界遺産リストに2件の文化遺産を登録しているが、いずれも危機にさらされている世界遺産(危機遺産)リストに登録されている。パレスチナのユネスコ加盟や世界遺産条約への参加は、自らの国家としての地位や領土の国際的承認と結びついているとしばしば指摘されており、対立するイスラエルが世界遺産制度の政治利用として批判しているほか、アメリカ合衆国が世界遺産基金の分担金拠出を停止するなど、国際的な影響を及ぼしている。以下は第38回世界遺産委員会(2014年)終了時点の情報である。
注釈
- ^ 対外代表権の都合で、実際の推薦はパレスチナ自治政府ではなくパレスチナ解放機構が行なったという(『読売新聞』2012年6月30日朝刊7面)。
- ^ 『読売新聞』ではアメリカとイスラエルが反対票を投じたとAP通信の孫引きとして報道されたが(2012年6月30日朝刊7面)、これら2国は第36回世界遺産委員会の委員国ではなく(cf.西 2012, pp. 47–48 )、登録に関わる投票をできる立場にない。なお、古田 & 古田 2012, p. 60では、『エルサレム・ポスト』が報じたという投票の内訳予測が紹介されているが、当然そこにもアメリカとイスラエルは含まれていない。
- ^ ヨルダンの既に登録済みの世界遺産、「洗礼の地“ヨルダン川対岸のベタニア”(アル・マグタス) 」がヨルダン川の東岸に位置するのに対し、国境を形成する同川を挟み西岸対岸、つまりパレスチナ側に位置する。
出典
- ^ a b 「ユネスコ パレスチナ加盟を承認 / 米は反発、拠出金凍結も」『朝日新聞』2011年11月1日朝刊1面
- ^ 「パレスチナ承認 沸く会場 / ユネスコ加盟 米、封じ込め失敗」『朝日新聞』2011年11月1日朝刊13面
- ^ 「ユネスコ パレスチナを『加盟国』に / 主要国連機関で初承認」『読売新聞』2011年11月1日朝刊2面
- ^ a b Palestine - World Heritage Centre
- ^ a b 「ユネスコ加盟 パレスチナ外交戦術奏功 / 西岸の聖地 世界遺産目指す」『読売新聞』2011年11月1日朝刊7面
- ^ ICOMOS 2012, p. 1
- ^ 世界遺産検定事務局 2013, pp. 31–32
- ^ 世界遺産検定事務局 2013, p. 122
- ^ a b c 稲葉 2013, p. 22
- ^ 西 2012, pp. 49–50
- ^ a b 西 2012, p. 50
- ^ 古田 & 古田 2012, p. 60
- ^ a b 「聖誕教会が世界遺産 パレスチナ申請受け / 『キリスト生誕の地』米、イスラエル反発」『読売新聞』2012年6月30日朝刊7面
- ^ a b c 「パレスチナ初 世界遺産登録 / イスラエル反発」『朝日新聞』2012年6月30日夕刊1面
- ^ 西 2012, p. 51
- ^ a b 段々畑の景観、世界遺産 パレスチナ、フェンス計画(産経新聞、2014年6月21日)(2014年7月26日閲覧)
- ^ パレスチナの段々畑が世界遺産に イスラエルは分離壁を計画(CNN.co.jp, 2014年6月22日)(2014年7月26日閲覧)
- ^ ICOMOS 2014, p. 15
- ^ Palestine: Land of Olives and Vines - Cultural Landscape of Southern Jerusalem, Battir, inscribed on World Heritage List and on List of World Heritage in Danger(世界遺産センター、2014年6月20日)(2014年7月26日閲覧)
- ^ ICOMOS 2012, pp. 2–3
- ^ ICOMOS 2014, p. 8
- ^ Centre, UNESCO World Heritage. “Hebron/Al-Khalil Old Town” (英語). UNESCO World Heritage Centre. 2024年4月22日閲覧。
- ^ https://whc.unesco.org/en/list/1687/
- 1 パレスチナの世界遺産とは
- 2 パレスチナの世界遺産の概要
- 3 暫定リスト
- 4 参考文献
- 5 外部リンク
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