コルネリアス1世の大親征
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「銀河英雄伝説の戦役」の記事における「コルネリアス1世の大親征」の解説
宇宙暦669年/帝国暦359年5月。コルネリアス1世による同盟領侵攻作戦。ゴールデンバウム王朝唯一の親征。帝国暦350年に即位したコルネリアス1世は、名君と呼ばれた先帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世の業績を超える事を企図して、自由惑星同盟領への侵攻作戦を決定する。いわゆる「距離の暴虐」を唱えていたミュンツァーは侵攻に反対するも、ダゴン星域会戦の報復を行うという名目があったため、積極的に反対する事は出来なかった。 侵攻作戦そのものは前回の遠征失敗とダゴン星域会戦の大敗を教訓とし、入念な下準備と同盟領への強行偵察、そして銀河帝国皇帝への臣従を前提とした3度にわたる和平使節の派遣までもが数年がかりで行われ、宇宙暦669年/帝国暦359年5月、コルネリアス1世自らが率いる艦隊が侵攻を開始した。同盟でもこの動きに呼応して迎撃艦隊を差し向けるも、入念な準備を行っていた帝国軍の構えは磐石で、「第1次ティアマト会戦」で大敗を喫する。その後も帝国軍の快進撃は続き、一気にハイネセンを制圧するかに思えたが、首都オーディンで宮廷革命が起こったため撤退を余儀なくされた。 この侵攻を切っ掛けとして銀河帝国と自由惑星同盟は恒常的な戦争状態に突入するが、互いに決め手を欠いたまま150年もの長きに渡って戦争が続き、両国は急速に国力を疲弊させていく。 なお、名君ではあったが、友人知人に能力実績おかまいなしに元帥号を乱発する悪癖のあった「元帥量産帝」コルネリアス1世は、この戦いに59人もの元帥を引き連れて侵攻したため「元帥二個小隊」などと後世からは揶揄されているが、一連の戦闘でその内35人が戦死。以後、新たに元帥号を授ける事は無かった。
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