コリニー提督暗殺未遂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/07 23:42 UTC 版)
「サン・バルテルミの虐殺」の記事における「コリニー提督暗殺未遂」の解説
8月22日、コリニー提督がルーヴル宮から宿へ帰る途中、家屋から銃声が鳴り響き、彼の手と腕を負傷させた。窓に置かれた発煙している火縄銃が発見されたが、犯人は建物の裏手に用意していた馬に乗って逃亡しており、後に捜査員はこの家屋からギーズ家へ向かう馬の足跡を追跡し犯人はシャルル・ド・ルヴィエ・ド・モールヴェールであると主張している。 コリニー提督はベティシー通りの宿舎へ運び込まれ、外科医アンブロワーズ・パレが肘から弾丸を摘出して負傷した指を切断した。母后カトリーヌ・ド・メディシスは無感動にこの知らせを受け取るとシャルル9世や廷臣たちとともにコリニー提督を訪ね、国王は涙を流して犯人を罰すると約束した。通説では対スペイン開戦を主張するコリニー提督を危険視したカトリーヌが事件の黒幕だとされており、後に王弟アンジュー公は彼とカトリーヌがアンナ・デステ(先に暗殺されたギーズ公フランソワの未亡人)と共謀して暗殺を計画したと発言している。王妹マルグリットも後に「兄のポーランド王(アンジュー公)と母が関与した」と語っている。 他にはギーズ家首謀者説、コリニー提督の国王への影響を止めようとするスペイン王やスペイン人教皇による陰謀説などがある。
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